薄暗い月の下で

薄暗い月の光が細い樹木の隙間から漏れ、森の奥深くを照らしていた。ユリカは、その光に導かれるように歩き続けた。彼女の心には不安と希望が交錯していた。

村の人々は彼女を避け、まるで何かに怯えているかのように視線を逸らした。孤独な存在として、彼女は自分の存在を痛感していた。両親を恋しがる夜もあったし、祖母の病を思うたびに涙が溢れ出すこともあった。

そんなある晩、彼女は村の伝説で語り継がれる「涙の花」を探しに森へ足を運んだ。

「この花が見つかれば、祖母を救えるかもしれない…」

そう考えると、ユリカの心の中に小さな希望の光が灯った。伝説によれば、その花は月の光で開花し、咲いた者の願いを叶えると言われていた。しかし、その代償は大きく、自分の最も大切なものを失うことになるという。

ユリカはそんな恐ろしい契約に悩まなかった。祖母の命が重くのしかかり、彼女にとってはかけがえのない存在だったからだ。

夜の深さが増す中、薄暗い森を進むと、ついに本当に「涙の花」を見つけた。

花は幻想的で、美しい光を発していた。ゆっくりと近づき、心臓が高鳴るのを感じながら、その花を摘もうと手を伸ばした。

その瞬間、森に響く声がした。「待ちなさい、少女」

声の主は森の魔女だった。月の光の中で、彼女は不気味に微笑んでいた。

「その花を摘むには、大きな代償を払わねばならぬ。お前は何を失う覚悟があるのか?」

ユリカは一瞬躊躇ったが、祖母の笑顔が脳裏に浮かんだ。

「私の心をあげます。祖母を助けてください。」

魔女はゆっくりと頷き、ユリカに微笑んだ。

「それでいい。心の代わりに、祖母は助かるのだ。」

契約を交わした瞬間、ユリカは心の奥にぽっかりと穴が空いた感覚を覚えた。

願いは叶い、祖母の病を癒す力が花に宿った。

村に戻ったユリカは、祖母が元気を取り戻す姿を目にし、その瞬間を喜びで満たされたが、内心の苦しみを感じていた。

だがその喜びも長くは続かなかった。

ユリカは次第に、自分が感じることのできない感情の渦に飲み込まれていった。

年老いた祖母との時間は、かつての楽しさを持たず、ただ空虚な日々が続いていた。

周りの人々が日常の中で笑い合う様子を見て、ユリカは自らの心がどこか遠くに置き去りにされたような感覚を覚えた。

あの日、心を失った瞬間に、もはや彼女は普通の少女ではなくなってしまった。

日が経つにつれ、村人たちもユリカを避けるようになった。心のない彼女は、まるで無機質な存在のように扱われ、孤独が深まるばかりだった。

「私は生きているのに、心が無いのは何だろう…」

そう、自問する日々が続いた。夜になると、ユリカは薄暗い月の下で一人涙を流すことしかできなかった。

彼女の願いは叶ったのだが、果たしてそれが本当に幸せなのかは理解できなかった。

村から孤立した心には、もう何も感じることができない。彼女の人生の中で、一番大切なものを失っていたのだった。

月が雲に隠れる。全てが暗闇に包まれ、忘れられた少女は、ただ静かに涙を流す。

「私は何のために生きているのだろう…」

ユリカの中には、祖母の病が回復したことを祝うことすらできない、恐ろしい空虚感が広がっていた。

薄暗い月の光が、全てを覆い隠していく。彼女は心を持たないまま、この悲劇の深淵に沈み込み、二度と戻れない道を歩むことになった。

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