現実と幻想 – 前編

前編 後編

彼の名前は石田琴也。若き芸術家で、日本を代表する絵画界の秀才とまで評されていた。東京のアトリエを構え、天才的な才能と独自の視点で描かれるその作品は、彼自身が創り出す世界そのものだった。

石田は、特に現実と幻想の間に揺れ動く心象風景を描くことに魅了されていた。彼の描く現実と幻想の境界が曖昧な絵画は、見る者をその深淵へと引き込み、同時に石田自身もその絵の世界に引き込まれていった。

絵を描くたび、彼はその世界に深く入り込んでいくことを感じるようになった。そしてそのたびに、彼は現実と絵の世界との間で行き来するようになった。最初はそれが創作の一環であると自身を説得していたが、やがて彼は現実と絵の世界の区別がつかなくなり始めた。

その変化は、ある日突然彼に訪れた。その日、石田は一枚の絵を完成させた。それは彼がこれまでに描いた絵の中でも最も幻想的なものであり、見る者をその世界へと引き込む力があった。絵は完成し、石田はその作品を見つめていた。と、その時だった。絵の中から湿った森の香りが漂ってきたような錯覚に襲われたのだ。驚き、石田はその場から立ち去ったが、それ以降、彼の周りの世界は少しずつ歪んでいった。



絵を描くたびに、石田はその絵の世界に引き込まれる感覚が増していった。絵に描かれた森で風を感じ、山で鳥の声を聞く。彼は次第に現実の感覚を失い、絵の世界に溺れていくようになった。彼の心は揺れ動き、彼の作品は彼自身の心象風景を映し出すようになった。

しかし、石田の精神状態の変化は、彼の周りの人々にはほとんど気付かれなかった。それは、石田が心の中で感じている世界が現実と絵の世界とで交錯していることを、他の人々が理解することが難しいからだ。それでも石田は絵を描き続けた。なぜなら、彼にとって絵画は自身の存在そのものだったからだ。

それはある日、彼が新たな作品を描き始めたとき、彼の精神状態が急速に悪化していった。新たな絵の中に描かれたのは、暗闇の中で這い出る何か恐ろしいものだった。その絵を描き続けるたびに、石田はますます現実と絵の世界の間で揺れ動くようになった。絵に見入るたび、彼は絵の世界に引き込まれ、恐怖におののいた。

この時点で石田琴也の奇妙な物語は始まったばかりで、彼が経験する現実と幻想の交錯、そしてその果てに待つものは未だ知られていない。しかし、彼の周りの世界が徐々に変化し、彼自身が絵の世界に引き込まれていく様子を描いていくことで、彼の心の中に潜む恐怖と不安が浮き彫りになっていくだろう。