翔太は東京の小さな町に住む、二十代の若者だった。
毎日、彼は母親の期待を背負いながら働いていた。父親を早くに亡くした彼は、母が悲しみに暮れる姿を見過ごすことができなかった。父の死は、翔太にとって、今も色褪せない痛みであり、心の奥にいつも影を落とす存在だった。それでも、若き日の理想と夢を抱き、彼は明るい未来を信じたかった。
翔太の生活は、アルバイト先での忙しい日々と友人たちとの楽しい時間で構成されていた。しかし、友人との会話の中で、何気ないことでも過去の影がちらつく。
「翔太、最近元気ないけど、大丈夫?」友人の幸太が心配そうに聞いてきた。
「うん、大丈夫。ちょっと仕事が忙しいだけさ。」翔太は笑顔を作り、気丈にふるまった。だが、その心の中には、母親の病状が日々悪化していることへの不安が広がっていた。
ある晩、自宅に帰ると、母がベッドでうなされているのを見た。彼は胸が締めつけられる思いで、母の手を優しく握った。医者からの診断、治療にかかる費用も彼に重くのしかかって来た。
「お母さん、頑張って。必ず治すから……。」 翔太は自分を奮い立たせ、心に決めた。母のために、何でもする覚悟だった。
次の日、彼は追加のバイトを探し始める。人々の心の闇が渦巻く繁華街に身を投じることにしたのだ。夜の街でのアルバイトは、一見して刺激的で魅力に満ちていた。しかし、それは彼に思いもよらない選択をもたらすことになる。
翔太は最初は、金を稼ぐ手段と割り切っていたが、様々な人々との出会いが彼の心を揺らした。繁華街で働く仲間たちとの友情や、彼らの持つ夢と抱える現実に、次第に彼も引き込まれていった。
「翔太、どこまでやるつもりだ?」 ある日、同僚の健二が心配顔で訊ねる。
「母の医療費を稼がないと……。」それでも翔太は徐々に心が惹かれていくのを隠せなかった。
彼は次第にお金のために自ら身を傷つけていることに気づかず、理性を失いかけていた。友人たちとの関係は疎遠になり、彼は孤独を感じ始めた。夜の街の光は一時的な逃げ道だったが、やがてそれは彼にとっての囚われの塔となってしまった。
ある日、母からの電話が鳴った。病院からだった。
「翔太さん、申し訳ありませんが……お母様の容態が……」
その言葉を聞いた瞬間、翔太は体中が硬直した。熱い涙が頬をつたう。彼は逃げるようにその場を離れ、屋外に出た。
「お母さん……、ごめんなさい。」彼は自分を責めた。
傍らには、これまで選んできた道を後悔する自分がいた。彼は「愛する母のため」と言い訳しながら、その実、自身の夢を一つ一つ潰してしまったのだ。運命の歯車は、もう元には戻れないところまで来ていた。
母親の状況は日を追うごとに厳しくなり、翔太は精神的にも肉体的にも疲れ果てていった。彼の心の中には、諦めと悲しみが渦巻いていた。彼が選んだ道は、決して彼が望んだものではなかったのに。
ある静かな夜、翔太は全てに疲れ果て、道を歩いていた。その時、過去の思い出が蘇ってきた。父が彼に語った希望の言葉、母と過ごした日々。本当に大切なものは何だったのか、彼は今さらのように気づく。
彼はその瞬間、全ての選択が途方もない不幸を招いてきたことに気がついた。彼は愛する母を失い、自己崩壊の一途を辿ることとなった。
最後に残ったのは、彼が流す涙だけだった。希望を捨てた翔太は、自らの運命を呪い、ただ孤独に葬り去られるしか道は残されていなかった。全てを失った翔太の胸には、深い悲しみだけが残されるのだった。
あの夢はどこに消えてしまったのだろうか。
翔太が夢見ることをやめた日、彼は夜の街の光の中で消えていった。何も残らなかった。