雨の音

小さな町の静けさの中で、佐藤美咲はいつも笑顔で働いていた。彼女が働くカフェは、町の人々に愛される癒しの場所であり、美咲の優しい性格もあって、常連客の心を和ませる存在となっていた。

美咲は普段どおり窓際の席でコーヒーを淹れながら、外を眺めていた。雨が静かに降り始め、窓に当たる水滴がじわじわと流れ落ちる様子を見ていると、心が穏やかになった。だが、ブレンドされた香りや優しい雨音の裏側には、彼女を苦しめる秘密があった。

彼女の心の中には、陽介という名の幼なじみがいる。彼と出会ったのは幼少期のこと。公園で一緒に遊んだり、夏祭りで浴衣を着て笑い合ったりした思い出が、美咲の心の中を埋め尽くしている。

しかし、その幸福な日々は数年前に暗転した。陽介が病に倒れたのだ。癌と告げられた彼は、医者から余命宣告を受けたという知らせを、美咲の心に重くのしかかってきた。病室で出会った時の陽介の顔は、以前の明るさを失い、静かに斜に構えたようだった。

「美咲、今日は雨だね。」陽介は、病床に横たわりながら、窓の外を見上げて言った。

「うん、でもあの頃のこと思い出すと、雨も悪くないよね。」美咲は笑顔を見せたが、その笑顔の裏には深い悲しみが隠れていた。彼女は陽介のために、日々笑顔でいることを心がけていたが、その笑顔は次第に作り物のようになっていった。

美咲は、会社を辞めることを考えた。彼女が必要なのは、陽介のそばにいることだと痛感していたから。学校を卒業し、未来に向けた一歩を踏み出さなければならない時期に来ていたにもかかわらず、彼女の心はそのすべてを置き去りにして、陽介のそばに居続けたいという思いでいっぱいだった。

陽介は、美咲のその思いを知っていた。彼は病室で彼女が来るのを待ちながら、いつも少し恥ずかしそうに微笑むのだ。「君がいるから、僕は頑張れる。」そんな彼の言葉が、美咲を支えていた。

だけど、陽介の体調は確実に悪化していった。美咲は彼の元に通うことが日常となり、カフェの仕事も減ることを承知の上だった。彼の病気と向き合うため、日々を共に過ごすことが何よりも重要だと感じ始めていた。

特に雨の日は、陽介のことを思って涙がこぼれることが多かった。雨の音は、彼女の心の中に響き、陽介と過ごした美しい思い出を呼び起こす。”
“ねぇ、美咲。本当に雨は好きなんだね?” 彼がふっと笑う。”その音は、君と私の時間を思い出させるから。”

彼の言葉が美咲の心を満たし、また涙を誘う。でも、彼の笑顔を守るために、彼女は何とか涙を堪えようとする。それが二人の約束のようであった。

次第に陽介の症状は深刻化し、入院が必要となった。美咲は悲しみに打ちひしがれながらも、彼のために毎日病院に通った。病室の窓から見える雨の光景は、彼女にとって切ない記憶と共にあった。陽介の「君がいるから、幸せだ。」は、彼女の強い支えとなっていた。

陽介が入院してからも、彼に会うたびに美咲は彼を励まし続けた。だが、心の奥底ではこの運命が許されることはないと理解していた。

そして、ある日、陽介の息が止まる時が来てしまった。静まり返った病室で感じる雨音。美咲は陽介の手を握りしめていたが、その熱が失われていくのを感じ、心の底から怒りを感じた。

「陽介……!お願い、あきらめないで!」泣き叫ぶ美咲は、自分の無力さに涙が止まらなかった。

若くして奪われた命と、彼との思い出は、一生消えることがない。