幸せのかけら

東京の賑やかな街並みの中に、小さなカフェがあった。

その名は「カフェ・ルミエール」。

毎日、陽太が笑顔でバリスタとして働く場所だった。彼の明るい性格と温かいコーヒーの香りは、常連客たちを惹きつける。

客の一人、毎日のように訪れるおばあさんに、「今日もお元気ですか?」と声を掛ける陽太。おばあさんはいつもニコニコと笑って、「おかげさまで!陽太くんのおかげで毎日が楽しいのよ。」と返す。

そんな平穏な日常が続いていたある日、新しいアルバイトとして美しい女性、真奈が店にやってくる。彼女は一瞬でカフェ全体を明るく照らすような存在だった。まるで春の陽射しのように、さわやかな笑顔を振りまいていた。

陽太は、彼女の存在感に心を奪われてしまった。

「初めまして!陽太です。」

「真奈です。よろしくお願いします!」

彼女の柔らかな声と、温かい目線に陽太の心はどきんと跳ねた。彼は、真奈との距離を縮めたい一心で毎日を過ごすことに決めた。

カフェでの仕事が終わると、陽太は真奈に自分が考えた小さなサプライズを企画することが日課になった。

例えば、真奈が大好きだと言っていたショートケーキを作って帰る日もあれば、カフェの壁に飾るために彼女の好きな花を元気に育てていることを伝える日もある。こっそりと彼女のための特別メニューを考えて、時々提供している時には、真奈はその笑顔を見せてくれた。

「このクッキー、美味しい!陽太くん、天才だね!」

その言葉を聞くたびに、陽太の心は嬉しさでいっぱいになり、真奈との距離はますます近づいていった。

常連客としてもカフェの一部として、二人は楽しい日々を過ごしていった。陽太は彼女との会話の中で、彼女の夢や好きなことを少しずつ聞き出すことができた。彼女のひたむきな姿勢や、夢のために努力している姿が、陽太の心を暖かくした。

ある日、仕事帰りに二人で帰る途中、陽太は彼女に告白する決心をした。「真奈、今日は少し特別なことを話したいんだ。」

ドキドキしながら陽太は言葉を続けた。「君と過ごす時間はすごく楽しくて、感謝している。だから、もう一緒にいるだけじゃなくて……君を、好きだ。」

突然の告白に真奈は驚いた表情を浮かべた。しかし、次の瞬間、彼女は重い表情で口を開いた。

「陽太くん…私、実は恋人がいるの。別の街に彼氏がいて、長い付き合いなの。」

陽太の心は落ち込む。彼女が笑っていた時、胸が高鳴っていたのに、今は心にぽっかりと穴が開くような痛みが走った。真奈の幸せを願いながらも、自分の想いは無に帰すしかなかった。

日々は続くが、陽太はカフェの明るい空気が重苦しく感じるようになった。真奈がパートを終えた後の空間を過ごすたびに、彼女の笑顔を思い出し、胸が締め付けられる。「彼女は幸せなのだから」と、心に言い聞かせていたが、実際にはそれを受け止めるのが難しかった。

真奈が去ってから、カフェの雰囲気は変わってしまった。陽太はいつも通りバリスタとしての仕事は続けたが、彼の顔からは笑顔が消え、どこか物悲しい雰囲気を纏っていた。彼とカフェには幸せのかけらも無くなってしまったように思えた。

カフェの常連客たちも陽太の変化に気づき、彼を心配していたが、陽太はその善意に感謝しながらも、笑顔を見せることができなかった。

陽太はカフェの一隅でひっそりと、自分が真奈に告白することを決めた日のことを思い返す。あの日の涙のような痛みが胸を締め付けて、一人で回想に耽る日々が続いた。

「もう、いないんだな。」

彼はカフェの窓から見える夜空を眺めながら呟いた。灯りの消えたカフェは静まり返り、唯一の音は彼の心臓の鼓動だけに響いていた。陽太は忙しい日常の中で「幸せ」を求めていたのに、それはなかなか彼の手の届かないところにあるのだと痛感した。

その時、彼の心の支えとなるものは、「真奈の幸せ」の一言だけだった。

それでも彼は、彼女を思い出すことで未来を希望することができる。しかし、その思いはいつまでも自分の中だけに閉じ込められるのだった。

カフェは静まり返り、無邪気な日々は二度と戻らない。陽太は、幸せのかけらが見つからないまま、ひとりぼっちのカフェで、過去を思い返し続けるのだった。