夏の終わりに

海の青さが広がる中、奈々は深呼吸をした。目を閉じれば、心に広がるのは砂浜の香りと波の音。

彼女は大学生活を謳歌する元気いっぱいな女子大生で、毎年夏になると友人たちと海岸でバカンスを楽しむのが恒例だった。今年もその夏がやってきた。派手な水着に身を包み、友達と笑い合いながら浜辺を駆け回る。

しかし、今年の海岸での出来事は、過去とは違った特別なものになるとは思いもしなかった。 一人の青年、翔と出会ったのは、夏の最初の頃だった。明るい日差しの下、カラフルなビーチパラソルが立ち並ぶ中、彼の存在は一際目を引いた。

翔は奈々とは正反対の存在だった。内向的で少しシャイ、周りを気にして無口な彼。しかし、奈々の元気さにふれるうち、翔も少しずつ自分を表現できるようになっていった。

ある日、海の日のイベントで二人は偶然同じグループに参加した。フリスビーを投げ合ったり、海に飛び込んだり、楽しみがいっぱいの一日だった。

翔の言葉は少ないが、彼の笑顔は奈々にとって最高のプレゼントのようだった。奈々はその瞬間、心の奥が温かくなるのを感じ、彼に特別な感情を抱くようになった。

夏の間、二人は楽しい思い出を重ね、波の音に包まれた日々はどんどん特別なものになっていった。

ある日の夕方、落ち着いたオレンジ色の空の下で、奈々は彼に心を伝えようとした。大きく息を吸い込み、言葉を一つ一つ選んで、翔を見つめる。しかし、彼が自身の将来について語り始めたその瞬間、奈々の心は揺れ動いた。 まだ何も伝えていないのに、翔は大学を卒業後すぐに海外へ行くことが決まっていると言った。

彼の言葉の重みを受け止めながら、奈々は言いかけた言葉を飲み込み、彼の目を見つめた。彼女の心の中には告白したい気持ちが溢れていたが、彼の未来に対する決意を知るとそれがどれほど残酷なことかも感じた。

その後も二人は数々の思い出を作り続けた。夜の海を散歩しながら、奈々は一緒にいる時間が限られていることを実感する。

彼女の心にも不安が芽生え、気持ちがどんどん募る。

夏の終わりが近づくにつれ、奈々は「告白する時が来た」と思った。

彼女は、心の内を翔に伝えたいのに言葉にできないもどかしさに苛まれた。

「もしも彼に気持ちが伝わったら、彼はどう思うだろう?」と。

それでも、彼女の心の中には無邪気で温かい気持ちがあふれていた。翔がいなければ夏は終わってしまう、彼がいなければ青春は終わってしまう、その想いが奈々を苦しめた。

夏の夕暮れ、空は赤く染まり、徐々に暗くなっていく。二人は再び海に向かい、波の音を楽しみながら歩く。その瞬間、奈々は気付いた。すべてが静まった瞬間、彼女に必要なのは勇気だった。

そして、ついに奈々は翔の手を握りしめ、告白を決意した。彼女の心拍は早くなり、思った以上に緊張していた。

しかし、翔はその瞬間、彼自身の将来のことを語り始めた。海外に行く理由や、新たな挑戦への期待を聞きながら、奈々の心は穏やかさから遠く離れていく。彼女はその話に耳を傾けながら、心の中で彼の言葉が重くのしかかってくるのを感じた。

「愛とは、時として別れをもたらすものなのかもしれない。」

何も言えないまま、奈々はただ彼を見つめることしかできなかった。彼女の思いが翔に届くことはなかった。

夏の終わり、奈々は翔を見送り、彼が去る姿を目に焼き付けた。心に残るのは、温かい思い出と同時に叶わなかった恋の痛みだった。

彼の姿が見えなくなるまで、奈々はその場から動けなかった。ただただ、涙がこぼれ落ちるのを止めようともしなかった。

明るい笑顔で迎えたはずの夏は、彼女にとって永遠の別れの先にある「心の傷」として残った。