いつか消えゆく星

2095年の東京、街は煌びやかなネオンに包まれ、AI技術が発展した未来の姿が広がっていた。街の喧騒の中、直樹は人混みを避けるように道を行く。彼の胸には、深い悲しみが根を下ろしていた。幼い頃、両親を事故で亡くした直樹は、それ以来、心の中に空いた穴を埋めることができずにいた。

彼は「メモリエンジン」という革新的な技術の研究者として働いていた。この技術は、人の記憶をデータとして保存し、再生することができる。直樹は、この技術を駆使して亡き両親との思い出を蘇らせることを夢見ていた。毎晩、寝る前に彼は、思い出の中の家族と過ごした幸せな瞬間を思い浮かべ、涙を流していた。

ある日、直樹は研究室で作業をしていた時、偶然にもシステムの不具合を発見する。そのバグを利用すれば、過去の記憶を変更できることを知る。彼は興奮と期待感に満ち、早速そのバグを使って自らの過去に干渉する決断を下した。失ってしまった両親との思い出を復活させることができるかもしれないと思ったからだ。

直樹は、メモリエンジンに自らの記憶を蓄積し、特定の設定を変更することで、あの日の出来事を繰り返すことができた。目の前には、まだ愛らしい笑顔を持つ両親が立っていた。言葉を交わし、温かいハグを交わした瞬間、彼は深い幸福感に包まれた。しかし、その喜びは長続きしなかった。記憶は生きているものではなく、触れる度に崩れ去る塊だった。

彼はその行動によって、自身だけでなく、周囲の人々の記憶も変えてしまったことを知らなかった。その日の夜、友人から電話がかかってきた。「直樹、君のことが思い出せない。最近何かあったのか?」直樹は言葉を詰まらせ、どうにか取り繕おうとした。「大丈夫、ただ忙しいだけだよ。」と笑顔を作ろうとしたが、内心は動揺でいっぱいだった。

数日後、直樹はさらに大きな影響を目の当たりにする。彼が愛していた恋人、沙羅が自分の存在を何も覚えていなかった。彼女の言葉は、まるで直樹の心を引き裂くナイフのようだった。「あなたのことは知りません。」

その日以降、彼は一層孤独な日々を過ごすことになる。周囲の人々が次々と記憶を失い、彼のことを思い出せなくなっていく。それでも彼は目の前の幸福に自身を縛りつけ、自ら選んだ行動の結果を受け入れようとした。

だが、それは幻想に過ぎなかった。消えていく人々の思い出を指の間からこぼれていく砂のように感じた。どれだけ努力しても、彼は彼らを思い出させることができなかった。特に、彼の人生において特別な存在だった沙羅の記憶が消えた時、直樹は破滅的な感情に襲われた。「こんなにも愛していたのに、どうして忘れ去られなければならないのか?」

直樹は自分の行動の結果を理解し悔いるも、もう遅かった。取り戻そうと奮闘しても、彼のもとに戻ってくることはなかった。そして、自らの心の中に溢れかえっていた愛情も、次第に冷たい静寂に包まれていった。孤独は彼の心を凍らせ、また一つ記憶を失った瞬間、直樹の心にしこりが生まれていく。

終わりの見えない記憶の海に溺れる中で、彼は次第に自らを過去に縛りつけていく。記憶を取り戻す努力も、周囲の人々への愛情も、ドブに捨てるようなものとなり、彼の心は無神経な物体に変わってしまった。日々、直樹は生きているが、決して生きる資格などないという思いに駆られていた。

最後には、自らの身を投げ出し、消えゆく星のように、自ら記憶から消え去る道を選んだ。彼の身が消え、直樹という存在はこの世から、過去の悲恋の中に埋もれてしまった。

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