斎藤は、地味な私生活を送る小さな科学者だった。彼の日常は、研究室とアパートを往復する毎日の繰り返しだった。友人はほとんどおらず、同僚たちともあまり会話を交わさなかった。そのため、彼はひたすら研究に没頭し、「ボンヤリ製造機」の開発に励んでいた。
ある日、心の奥底から湧き上がるアイデアが彼のもとに現れた。それは、現代社会に溢れるストレスに対抗するための装置だった。実際に斎藤は、機械の設計図を描き、試作を重ね、ついに新型の「ボンヤリ製造機」を完成させた。
その機械を使うと、たった一度のスイッチオンで、強烈なリラックス感が全身を包み込む。友人に試させると、陽介は何も考えずにニヤニヤと笑いながらぐっすりと眠りに落ちた。
「これは面白い!」
陽介の軽快な声が斎藤の耳に響いた。
「これをみんなに広めよう!」
陽介は早速、彼自身のSNSで製造機の紹介を始めた。彼の持ち前のノリの良さで、次々と「ボンヤリ製造機」に興味を持つ人々が集まる。友人がいたおかげで、斎藤の研究室は一気に盛況となった。
宣伝効果は抜群で、全国のメディアは「ボンヤリ製造機」に注目し始めた。結果、斎藤は思いも寄らぬほどの人気者になり、商品は飛ぶように売れた。だが、それと同時に、彼の発明は予想外の事態を招くことになる。
人々が「ボンヤリ製造機」を使用するあまり、全般的にぼんやりとした雰囲気が広まり、空気が緩やかになる現象が見られ始めた。通行人同士が会話を交わすと、会話の内容が全くかみ合わず、お互いに何を言っているのかさっぱり理解できないという事態が発生。「あの天気最高だから海に行こう!」と言ったはずの男性に対し、女性は「私の好物は寿司だから食べに行こう」と返した。滑稽な日常がそこには広がっていた。
斎藤は急速に広がる「ボンヤリ事件」に熱心に取り組むことになり、国民的話題となった。しかし、斎藤としては、本来の目的であったストレス軽減がいつの間にやら日常生活に気を使わなくても済む「無気力」に繋がるのではないかと懸念していた。
そんなある日、テレビ番組の取材が斎藤のもとにやってきた。出演が決まった斎藤は、不安ながらも緊張感を和らげるため、ボンヤリ製造機を使おうとしたが、さすがにこの場面では躊躇いを感じた。
結局、ボンヤリ製造機を使うのではなく、彼は少しずつ勇気を振り絞り、スタジオに向かった。
当日、カメラの前に立った彼は、どうにかこうにか自分を落ち着かせ、視聴者の質問に答えようとした。しかし、少しでもボンヤリとした感じを受けた途端、言葉がひらめかずに口がもごもごとしてしまった。
視聴者からの質問に「えっと、あの…」「これについては…あの…何だっけ?」と繰り返す斎藤を見て、スタジオはおかしな雰囲気に包まれた。
「これがボンヤリ製造機の効果なんだ!」と陽介が笑って言い放つ。
斎藤はその笑いを受け、少し焦りながらも、心のどこかで安心感を覚えた。しかし、ラジオ番組で起きた無気力的な現象は、テレビでも継続していた。
「さて、ここでクイズ形式でお答えしてみましょう。」と番組進行役が切り替えた瞬間、斎藤の脳裏に異変が起こった。彼が発明したボンヤリ製造機のプログラムが暴走したのだ。
急に「ぼんやりクイズ」として、出題が始まる。その内容は、全く関係のない答えが返ってくるという滑稽さだった。「もし、あなたが三色のカラフルな日焼け止めを持っていたら、何色を選びますか?」に対して、斎藤は「お寿司が好きです」と続けてしまった。
会場的にはその瞬間、全員が爆笑。視聴者から寄せられたリアクションは、混乱の極みだったが、斎藤はその「ボンヤリ事件」で社会的に大ヒットを記録した。
斎藤は意を決してボンヤリ機能をオフにしたがすでに遅く、彼はその瞬間、記憶の一部を失いかけ、「ボンヤリクイズ」の生け贄のように舞台の上に立つことになったのだ。
その後、斎藤は予想外の人気者に。しかし、彼の心の奥には、実はボンヤリ製造機の目的だった「ストレス軽減」という本来の意図が影を潜めていることに気づき始めた。この「ボンヤリ事件」を通じて、彼は自己反省し、新たに挑戦を始めることを決意する。
世間は笑っていたが,也しくは人気の陰に隠れた真実に、斎藤の心は焦っていた。実は、滑稽を通して真に伝えたかったこと。それが、彼の勇気を掻き立てていく。