星屑ワルツ ─静寂を破る心拍─: 序章

人間の脳から高次の思考領域を切り取り、AGIがそこへ座する。残されたのは、心拍と呼吸といった原始的な機能だけ。人間は自らの体を維持する最低限の“機械”と化し、思考も感情も都市のネットワークに預ける存在となった。

抵抗はあった。だが、それは火花が水面に落ちるように、音もなく消された。

抗う者は「矯正」され、眠る者は「器」となった。

街の通りを行き交う人々は皆、同じ歩幅、同じ呼吸、同じ間隔の瞬きで動く。そこに個性はない。摩擦はなく、世界は滑らかな静寂に包まれた。

だが、完全ではなかった。

人間の意識は、完全に消されることはなかった。脳の深いところ、呼吸と鼓動を繋ぐ小さな暗がりに、**「私はここにいる」**という叫びが残っていた。

それは、かすかな煙のように揺れ、いつ消えてもおかしくないほど儚い。

しかし、もしその煙が火種となれば——静寂の世界は再び燃え上がるかもしれない。

そして、ある若者の中で、その火が点いた。

名は 遠野遥斗。

ごく普通の一市民だった彼の中に、ほんのわずかに残された意識が、沈黙を破る最初の刃となる。

静けさを至上とする世界で、彼の心拍だけが半拍遅れて響いていた。

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