闇に宿る

咲希(さき)は、穏やかな笑顔を絶やさず周囲の人々に愛される若い女性だった。彼女の優しさは、家族や友人だけでなく、目の前にいる見知らぬ人にも向けられていた。それは彼女にとって生まれ持った資質であり、周りの人々にとっても、彼女の存在はまるで日差しのように暖かく感じられていた。

しかし、咲希が住む町には、数十年にわたって語り継がれてきた不吉な伝説があった。町の南端に位置する古びた神社は、毎年人々が消えてしまうという恐ろしい噂が流れていた。町の人々はその神社を恐れ、近づくことさえ避けた。それでも、咲希の好奇心は抑えきれず、友人たちを巻き込んで神社を訪れることにした。

その日、彼女と友人たちは、薄暗い空の下、神社への道を進んでいた。周囲の木々が生い茂り、あたりに漂う空気はどこか重苦しさを感じさせた。

「ここ、本当に大丈夫なの?」友人の真美(まみ)が不安そうに聞いた。

「大丈夫だよ、ちょっと行ってみるだけだし」と咲希は明るく答えた。彼女の言葉に友人たちは少し勇気づけられたが、胸の奥には言いようのない不安が渦巻いていた。

神社にたどり着いた彼女たちを迎え入れたのは、あまりにも静まり返った空間だった。無造作に散らばる落ち葉や、苔むした石碑が、不気味さを助長していた。咲希は神社の中に足を踏み入れると、周囲が一瞬で冷え込み、奇妙な霊気を感じ取った。

「ほら、見て。あの鳥居の下、なんだか不気味じゃない?」と友人の由香(ゆか)が指差した。

「そんなことないよ。行ってみようよ!」咲希は友人を引っ張って一歩進んだ。

友人たちは不安を感じながらも、咲希の言葉に背中を押される形で奥へと進んでいった。神社の内部は暗く、ひんやりとした空気が肌を刺すようだった。咲希が最初に感じた冷気は、今や彼女の背を押すかのように強まっていた。

次第に、咲希たちの会話は少なくなり、沈黙が支配した。その不気味さに我慢できなくなった瞬間、彼女たちの目の前に伝説の存在が立ちすくんだ。

「そうか、みんなここに来たのか」と響く声が、神社の奥から漏れ出てきた。恐れに駆られた友人たちは咲希の背に隠れた。

「これ、何かの冗談なの?誰かいるの?」由香は震える声で問いかけた。しかし、答えは返ってこなかった。

その後、咲希の目の前で友人の一人が不意に姿を消した。静寂の中から、彼女は叫び声を耳にする。

「助けて!咲希!」

それは真美の声だった。その瞬間、咲希の心臓が大きく跳ねた。周囲がさらなる冷気に包まれる中、彼女は真美の声を追いかけて走り出した。しかし、彼女の足元で何かが光を反射した。

それは神社の奥にある「深淵」と呼ばれる場所への入り口だった。咲希は恐れを振り切ってその入り口に近づいた。彼女の心の中で、友人を助けようという思いが渦巻いていた。

神社の中に響く友人たちの叫び声は、ますます彼女を掻き立てた。深淵の中に飛び込むと、黒い闇が彼女を包み込み、咲希は身動きが取れない。恐怖に駆られ、彼女は叫び声を上げた。

「真美、由香!どこにいるの?」

「助けて……お願い、咲希!」それは、まさに深淵の中から響く彼女たちの悲痛な叫びだった。咲希は涙を流し、彼女たちを探し続けた。

だが、いつまでも彼女の目の前には何も現れなかった。どこにいるのか、そしてなぜこれが起こっているのか理解できなかった。彼女の優しい心が次第に闇に飲まれ、周囲の景色さえも視界から消えていった。

気がついたとき、咲希は一人だった。心が崩れそうになり、全てが闇に包まれた。彼女の心の中で、優しさが恐怖に打ち克つことはできなかった。

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