運命の餌食

静けさに包まれた山村、薄暗い夕暮れが村を覆い隠す頃、麻美は古びた図書館の一角に座り込んでいた。彼女の知識欲は、村に根付いた伝説に対して燃え立っていた。「影の神」と呼ばれる存在がこの村のどこかに潜んでいるという伝説が、長年語り継がれてきたのだ。古い文献を読み込むごとに、麻美の好奇心はますます高まっていった。

しかし、村人たちはその話を笑い飛ばしながらも、一様に不安の色を見せた。「影は見ている。お前が触れると、何かが始まる。」
麻美はそれを軽く聞き流した。彼女の頭に浮かんだのは、影の正体を明らかにしたいという強い願望だけだった。

ある日、彼女は特に古びた廃屋の近くで、村の長老から聞いた話を思い出した。棄てられた家、そこには何かが住んでいるという伝説。

「勇気を出して行ってみるべき」
そう決心した麻美は、真夜中に廃屋に向かった。月の光が薄暗い道を照らしている中、彼女の心拍数は高まっていく。「影が見ているなんて、ただの迷信だ」と、自らに言い聞かせながら、足を踏み入れた。

その瞬間、彼女は異様な寒気を感じた。周囲の空気がひんやりとした。廃屋の中は、薄暗く、何かしらひたひたとした物音が聞こえる。

真っ暗な部屋の中を進む麻美は、急に足元で物が倒れた音がした。彼女は一瞬固まった。「誰かいるのか?」と声をかけるが、返事はなかった。

彼女の目は、ゆっくりと一点を見つめた。その先には、小さな鏡があり、自分の姿を映していた。しかし、映し出されているのは彼女の姿だけではなかった。

鏡の中に映ったのは、彼女の後ろに立つ一つの黒い影だった。

麻美は恐怖のあまり、心臓が凍りつくのを感じた。影は黒く、静かに彼女を見つめ返してきた。

「お前を待っていた」と影は囁くように言ったその瞬間、麻美は逃げ出したい衝動に駆られたが、身体が鉛のように重く感じた。

影との遭遇から数日が経った。村では次々と奇怪な現象が起き始めた。村人たちが突然の病気に倒れ、失踪する者も現れた。麻美の心には、一つの言葉が響いていた。「この影のせいに違いない。」

彼女は気づいてしまった。影は彼女に対して何かを求めているのだ。どんな代償であろうとも、村を救いたい一心で、麻美は影と向き合う決意を固めた。

「私が私の全てを捧げても、村を守る」と。

麻美の声は廃屋の中で響いた。影は微かに笑い、彼女はその声に引き込まれるようにして、影との契約を結ぶことにした。

彼女は影の存在に取り込まれ、少しずつ彼女の肉体も精神も影に蝕まれていった。彼女自身の思考は混迷し、村の運命を背負った彼女の目には、もはや希望は映らなかった。

ある晩、麻美は夢の中で過去の思い出を見た。家族の笑顔、友との楽しいひと時、そんな自分が今はもういない。彼女の心を締めつける悲しみがこみ上げた。

全てを失った彼女は、自らの命を代償に村を救う選択をしたのだ。しかし、その結果は、悲劇的な結末を導いてしまった。

影は次第に彼女の存在を吸収し、最終的に彼女は村と影に飲み込まれることとなる。村の人々は、彼女が自身の命を懸けて結んだ契約の代償を理解できず、ただ彼女の悲劇を胸に刻むだけだった。

影の恐怖は消えることなく村を包み込み、麻美の物語は、伝説として語り継がれることになった。彼女の運命を、時が忘れ去ることはない。

静かな山村に、再び平穏は訪れなかった。影の存在は深淵に潜み、麻美の名は村の中で、永遠に語り継がれる運命の餌食となった。

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