愛の争い

古びた町の片隅に静かに佇む洋館。年を重ねるごとにその姿は風化し、蔦に覆われ、まるで忘れ去られた記憶を抱えているようだった。ここには、里奈という一人の若い女性が住んでいた。彼女は内気で、人との関わりを避ける傾向があった。それでも、彼女の心には深い愛情があった。それは、故郷の洋館で母親と育った日々に根付いたものだった。母との二人三脚の生活は、彼女にとって唯一の安らぎだった。

だが、ある日突然、母が原因不明の病に倒れ、里奈を置いてこの世を去ってしまう。その日は、里奈にとって忘れられない日となった。彼女の心の中で何かが消え、代わりに孤独が広がった。母が愛情を込めて彼女に築いてくれた世界は、今や崩れ去ろうとしていた。

母を失った彼女は、思い出に浸る日々を送った。しかし、時が経つにつれ、生活は次第に不気味さを帯びていった。夜になると、里奈の耳には微細な声が聞こえ、暗闇の中にはかすかな影が現れるようになった。

ある晩、深い眠りについていた里奈の元に母の亡霊が現れた。彼女は優しい声で「愛している」とつぶやいた。その瞬間、里奈は暖かい気持ちに包まれた。しかし、その愛情は次第に異質なものに変わっていった。彼女が感じる「愛」は、監視と執着に変わり、次第に彼女の周りの人々を不幸な事故へと巻き込んでいった。

家の内部に不穏な雰囲気が立ち込めていく中、里奈は求愛する声が日々彼女の心を蝕んでいくのを感じた。夜な夜な聞こえるその声は、単なる母の愛だけでは収まらない。彼女は恐怖に駆られながらも、その愛の正体を知りたくなり、地下室に隠された過去を掘り起こす決意をした。

地下室へ降りる扉が開くと、冷たい空気が彼女の肌に触れた。暗闇に足を踏み入れた瞬間、ジリジリとした恐怖が彼女を包み込んだ。

そこには古ぼけた家具や、母が大切にしていたと思われる品々が散乱していた。しかし、最も衝撃的だったのは、一冊の古い日記だった。その日記には、母が抱えていた秘密の呪いについて書かれていた。この呪いは「愛」に関するもので、愛が強ければ強いほど、その呪いもまた人を狂わせるというものだった。

里奈はその言葉に動揺した。彼女が母から受け取った愛情が、裏では何か恐ろしいものを引き起こしていたのかもしれないと考えるようになった。

日記を読み進めるうちに、自身の母がその呪いによって多くの人々に愛を求め、彼らを不幸に巻き込んでいたことが明らかになった。里奈は、その真実を受け入れることができなかった。自分の愛もまた同じ運命を辿ろうとしていることを知り、恐怖に苛まれたが、同時にその愛を手放すことはできなかった。

彼女の周囲が次第に不安定になっていく中、里奈の心は再び母の言葉に呼び返された。「愛している。」その声がまるで深い井戸から響くように彼女の耳にこだました。

周囲の人々は不可解な事故や病気に苦しむようになり、全てが母の愛から始まったのかもしれないと考える里奈。愛と執着の狭間で揺れ動く彼女は、苦しむ声が自分にも響いてくるような気がした。

彼女は、早急にこの呪いを解かねばならないと決心し、地下室から引き上げると、家の周囲に不気味な影が徘徊するのを感じた。吠える犬のように、愛を求める姿は彼女に執着し、彼女を逃さないと断言するように思えた。

次第に里奈の身体も心も蝕まれ、彼女は家の中で次第に欠けていく自分を見つめるようになった。その時、窓の外で彼女の名前を呼ぶ声が聞こえた。友人の顔が浮かんだが、彼女はその声を無視した。「愛している」、それが彼女の中で頭から離れなかった。

しかし、周囲の人々は次々と彼女から離れていった。彼女自身が母と同じようにその愛に憑りつかれ、他者を不幸に巻き込んでいるという無力感は、彼女をさらに孤独へと追い込んでいった。

ついには、彼女が望んだ愛が自らを飲み込み、周囲の人々を犠牲にしてしまった。それに気づいても、彼女は母の影から逃げ出すことができなかった。彼女はその愛を求め続け、最終的には自らもその闇に呑まれ、孤独なまま消え去ってしまった。

里奈の拒絶できない運命は、愛を求めたが故の悲劇的な結末となり、古びた洋館には再び静けさが戻り、かつて愛した者の記憶は永遠に失われてしまった。

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