薄暗い森に囲まれた小さな村、「霧の村」。
この村には、古くからの禁忌の伝説が存在します。それは、村の外に住む「影の精霊」と契約を交わすことで、一時的な幸福を得られるというもの。しかし、この契約には恐ろしい代償が伴い、その代償を払った者たちは、しばらくの幸福の後、次々と姿を消してしまうのです。村人たちは恐れを抱きながらも、いつの間にかそれを避けられぬ運命と受け入れてしまっていました。
主人公の花音(かのん)は、そっと心を寄せる若い女性。彼女は村の小さな花屋を営み、人々に愛される場所として、多くの村人たちにとっての安らぎの源となっていました。花音はその優しさと柔らかな微笑みで、村の人々の心に光を与えていました。
しかし、そんな花音の周りには絶えず不安と悲しみが漂っていました。
村で起こるさまざまな悲劇と、近親者や友人たちの苦しみが、彼女の心を重く覆い尽くしていたのです。だからこそ、彼女は皆が穏やかに過ごせるよう、日々花を育て続けました。花は人々を癒し、彼女自身もそれによって心が満たされる瞬間を求めていました。
ある日、そんな平穏な日々が突如として崩れ去ります。村に衰弱した子供が現れ、彼女の助けを求める声が聞こえたのです。あまりにも小さな体で、か弱い声が花音の心に深く突き刺さりました。彼女は思わずその子供に寄り添い、助けを差し伸べる決意を固めます。しかし、彼女にはほとんど手立てがなく、できることは限られていました。
見かねた花音は、自ら禁忌を破ることを決意します。影の精霊との契約を交わすことで、少しでも子供の命を救える可能性を感じたのです。彼女は夜の闇に包まれた森へと向かい、影の精霊と対峙します。
その瞬間、彼女は深い静寂と不安に包まれました。影の精霊は神秘的で、暗闇から生まれた存在のように彼女を見つめています。
「お前は何を望む?」
その問いに対して、花音は小さく頼むように答えました。「私に力をください。この子供を救いたいのです。」
影の精霊は冷たい笑みを浮かべ、彼女に契約の条件を告げます。それは、彼女が代償を支払い、愛する者を一人失うことでした。
彼女は迷うことなくその契約にサインしました。心のどこかで、選んだ道が自分の運命を狂わせることになるとは夢にも思わなかったのです。
契約を交わしたその後、戸惑いは虚無に変わり、花音の心には微かな幸福が芽生えました。子供は助かり、村の人々はその事を称賛しました。
しかし、次第に彼女の周囲には不吉な予感が漂い始めます。
近親者である祖母が病に倒れ、親友は突然の裏切りを見せました。そのすべてが、花音の選んだ道がもたらした悲劇なのだと、彼女は理解するのに時間はかかりませんでした。
次々と襲いかかる不幸の数々。
愛する者たちを救うために選んだ契約の代償は、いまや避けられない運命として彼女を追い詰めていきました。愛情に支えられた日々は、いつしか惨劇の繰り返しと化し、彼女の心は徐々に蝕まれてしまいます。
そしてついに、最愛の人を失う日がやってきました。彼女はその場面を目にしながら、決して立ちすくんではいられませんでした。
悲しみのどん底で、彼女はどこか狂った目で惨状を見つめていました。この瞬間、自分が何を選んだのか、そしてどれだけの代償を払ったのかを強く思い知らされます。愛する者を失った悲しみは、自分自身を消し去るようにも感じられました。
全てを失った彼女は、ついに陰鬱な森へと足を踏み入れます。
そこで待ち受けるのは、もはや二度と戻れない深い悲しみ。彼女の優しい心が選んだ道は、今や永遠の絶望へと導くものでしかありませんでした。
花音は、その経験から何を学べるというのか。彼女が選んだ道には、一時の幸福と引き換えの犠牲があまりにも大きすぎたのです。森の奥で彼女はただ、暗闇に包まれながら自らの運命を受け入れることしかできませんでした。彼女の優しさが影を払いのけることはなかったのです。
こうして、彼女の物語は悲しみの花となって、静かに村の片隅に咲き続けるのです。かつて愛された花音は、今や森の奥深くで、その花となって人々に語りかけます。\\n
彼女の選んだ道が救いとなることは決してなかった。