亡霊の街 – 第2話

やがて空がわずかに白んできたころ、佐伯はようやく撤退を決意する。そろそろ警備の巡回も始まるだろうし、これ以上進むと何かに飲み込まれそうな嫌な直感もあった。あの白い影が何だったのかを確かめたい気持ちは山々だが、命あっての取材だ。来た道を戻ってフェンスの隙間から外へ出ようと歩を速めたところ、奇妙なことに気づいた。そこにあるはずのフェンスが見当たらないのだ。金網が連続して張り巡らされているだけで、先ほど自分が潜り込んだ小さな穴はどこにも見つからない。

「どういうことだ…確かに、ここのはずなんだが…」

落ち着こうとしても心臓が早鐘を打つ。まるでこの街の構造そのものが歪んでしまったかのような閉塞感を覚え、息が詰まる思いだった。やむなく別のルートを探そうと角を曲がると、先ほどまで視界に入っていなかった古いビルの通用口らしき扉が半開きになっている。そこを進むと、何とか裏通りへ抜ける細い道が見つかった。佐伯はほっと胸をなで下ろしながら、一目散に走り出す。背後で何かがこちらを見ている気配を拭いきれないが、今はとにかく脱出するしかない。

ようやく街の外れに出た頃には、冷や汗と恐怖で頭が混乱していた。後ろを振り返ると、掠れた明け方の光の下に鎮座する“亡霊の街”が不気味な影を映している。先ほどの無人と静寂が嘘のように、どこかで人の声が聞こえたような気もする。何が現実なのか、本当に自分があの街で見たものは幻覚ではなかったのか。答えを見つけようにも心がざわつき、うまく思考がまとまらない。

佐伯は混乱する頭を抱えながらも、スマートフォンに残された写真を確認してみる。建物の壁の焦げ痕、散乱する古い新聞、埃まみれの生活用品、そして謎めいた白い影――どれもがこの街の「異常さ」を証明するものだった。確かにそこに存在した不可解な空間。謎が深まるにつれ、恐怖心よりも探究心がさらに燃え上がる。ジャーナリストとして、真相を追究しなければいけない。たとえこの街に何か得体の知れない力が潜んでいたとしても、ここで立ち止まるわけにはいかない。もっと奥へ踏み込まなければ、封鎖の真意も大火災の謎も解き明かせはしないはずだ。

やがて明るくなり始めた街路に立ちすくみながら、佐伯はゆっくりと深呼吸をした。今日見た光景を決して忘れないよう、目を閉じても焼き付くように記憶する。足を震わせる恐怖は大きい。それでも逃げるだけでは何も得られない。あの街にはまだ誰も知らない重大な秘密が眠っているに違いない。自分を奮い立たせるようにバッグの中のメモを握りしめると、佐伯は再び立ち上がり、次に挑むべき行動を考え始める。

第1話

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