かつて、静かな山村にある古い洋館は村人たちから「呪われた家」と呼ばれ、神聖視されることはなかった。その家は長い間、誰も踏み入れることのない場所となり、村の子供たちにとっては恐怖の象徴であった。しかし、若き日の桜子だけは、その洋館に近づく魅力に引き寄せられていた。彼女は幼い頃、両親を失っており、その失った思い出を求めて、誰もが避ける場所に足を踏み入れる勇気を持っていた。
ある静かな午後、無邪気な気持ちで玄関の扉を開けると、湿っぽい空気と共に、古びた家具や埃をかぶった絵画が出迎えてくれた。桜子は内心の不安を無視して、館の中を探索することに決めた。彼女の心には、両親との記憶がかすかにでも残っているかもしれないという期待があった。
館の中は暗く、懐中電灯を持つ手が震えた。しかし、好奇心から足を進める。古びたダイニングルームには、かつて盛大な宴が開かれた名残があった。豪華そうなテーブルには、今は色あせた皿や瓶が並んでいる。桜子は目を凝らし、小さな花瓶の一つに目を留める。それはまるで彼女の幸せな思い出を呼び起こすように輝いて見えた。
しかし、温かな光の背後には、陰湿な空気が漂っていた。桜子が次に進むにつれて、館の中の影たちは彼女を包み込み、彼女の心をじわじわと侵食していく。気のせいか、彼女は後ろから低いささやき声を聞いた。「桜子…」その声は、忘れたはずの両親の声にも似ていた。
桜子は恐怖に震えながらも、その声に導かれるように館をさらに奥へと進んだ。そして、彼女は一枚の古い写真を見つけた。それは、見知らぬ男女が優雅に微笑む肖像で、何か惹かれるものがあった。だが、彼女には、その写真の背後にある悲しい過去を知る由もなかった。
日が経つに連れ、桜子は館での不思議な出来事に次第に慣れていく。しかし、彼女がこの場所に留まるたびに、館の闇が彼女の心に迫ってくる感覚が強まっていく。夢の中には無数の影が浮かび上がり、彼女を見つめ、笑っているように感じる。村の老女から聞いた「悪夢のような結末」を思い出すたびに、心が不安でいっぱいになる。
ある晩、桜子は不思議な夢を見た。それは、彼女が両親と一緒に洋館の前に立っているシーンだった。父親は優しく微笑み、母親は手を差し伸べてくれる。夢の中の温かさが印象的であったが、次の瞬間、周りは煙に包まれ、二人は彼女から消えてしまった。桜子は悲しみで目が覚め、ホテルの中を見回した。館の壁がどす黒い影に覆われているように見え、彼女は恐怖にとらわれた。
次の日、桜子は老女の元を訪れ、「この洋館には何があるの？」と問いかけた。老女は不安そうに桜子を見つめ、彼女の運命について語り始める。「あなたなのね、あの家の呪いを背負う者。それは、あなたの血に刻まれている運命よ。家の中には、悲しみが詰まっているの。あなたの優しさはその闇を打破できないわ。」
その言葉は桜子の心に深く突き刺さった。彼女が抱えていた期待は、すぐに絶望へと塗り替えられた。呪われた血を引いているという事実に直面し、彼女は館で過ごした日々がどれだけ危険なものだったかを理解する。館の影たちは彼女を待っていたのだ。
桜子は館を出ようとしたが、入口は何かの力で封じられ始めていた。恐怖と絶望が押し寄せる中で、彼女は自分の運命を受け入れるしかないことを悟った。彼女の優しさや純真さはもはや助けにはならず、次第に館の闇に飲み込まれていく。
そして、桜子の存在は次第に薄れ、彼女はその館の影の一部となった。村には静かに新たな悲劇が刻まれる。彼女の名前は記録にも残らなかった。
