二度目の初恋 – 第1話

サトシは、大学卒業後に立ち上げたスタートアップが成功し、今やその界隈で知らない人はいないほどの存在になっていた。仕事に追われる日々の中で、彼の心の奥底には常にある種の虚無感が渦巻いていた。大学時代、彼にはアイコという名前の恋人がいた。アイコは彼にとって初めての恋人であり、今でも心のどこかで彼女のことを忘れられずにいた。しかし、卒業と同時に二人の道は分かれ、連絡を取ることもなくなっていた。

ある日、サトシは出張で地方の小さな町を訪れた。ふとしたきっかけで彼はその町の隅にひっそりとたたずむ小さなカフェに足を踏み入れた。店内に一歩足を踏み入れた瞬間、彼の目は信じられない光景に釘付けになった。カウンターの向こうでコーヒーを淹れている女性―それはまぎれもなくアイコだった。

「アイコ…?」サトシの声は小さく、しかし確かな驚きを含んでいた。

女性は顔を上げ、一瞬彼の方を見たが、すぐにまたコーヒーを淹れる作業に戻った。「いらっしゃいませ。ご注文はなんでしょうか?」

彼女の声には、サトシを認識した様子は微塵もなかった。彼は一瞬言葉を失ったが、すぐに我に返り、「あの、アイコ、覚えてる?俺、サトシだよ。大学の…」と言葉を続けようとした。

しかし、アイコは首を横に振った。「ごめんなさい、あなたが誰かはわかりません。それに、私の過去10年の記憶はないんです。交通事故で…」彼女の声は静かでありながらも、その事実を受け入れた落ち着きがあった。

サトシはその場に立ち尽くし、言葉を失った。アイコが記憶を失っていたなんて、夢にも思わなかった。しかし、彼女が目の前にいることは事実であり、何かを感じ取れないわけではなかった。彼女の目、その表情、声のトーン、これらすべてがかつて彼が愛したアイコそのものだった。

「それでも、もしよければ、少し話をしていってもいいですか?」サトシはそう言い、アイコの反応を伺った。

アイコは一瞬躊躇したが、やがて小さく頷いた。「いいですよ。でも、私があなたのことを思い出せるかどうかはわかりませんけど…」

二人はカフェの隅のテーブルに座り、サトシはかつての思い出を語り始めた。彼はアイコの記憶を呼び覚ますため、大学時代に二人で過ごした時間、共有した喜び、時には悲しみや苦労も織り交ぜながら話を続けていた。

「覚えてる?新歓の時、君が間違って男子トイレに入っちゃって、それを知った時の顔が忘れられないよ。」サトシの言葉に、アイコは笑みを浮かべながらも首を横に振った。

「そんなことあったっけ?全然覚えてないな。」彼女の反応に、サトシは少し寂しそうに微笑んだ。

「大丈夫、俺が覚えてる。君が忘れた分まで、俺が二倍になって覚えておくから。」そう言うサトシの目は、過去を懐かしむ温かさと、アイコに対する深い愛情で満たされていた。