運命のレシピ – 第1話

 リナが熱々のポタージュを運ぶ。男性はスプーンで一口、ゆっくり口に運んだ。瞬間、意志的な瞳が揺れ、微かな驚きが滲む。

「……低温で糖度を残してありますね。生姜は後香りを立たせるために擦り下ろしを最後に。面白い」

 まるで厨房の手順を覗いていたかのような分析に、リナは目を瞬いた。

「わかるんですか?」

「ええ。甘みと香りの層がきれいに分かれていたから。——失礼、名乗り遅れました。橘タケルと申します」

 差し出された名刺には〈ラ・ヴァレ 総料理長〉の肩書。リナの胸が高鳴る。ミシュランでも騒がれる都会の名店。そのシェフが、なぜこの小さな町に?

 タケルはゆっくりスープを飲み干し、深く息を吐いた。

「この一皿で、三つ星より大事なものを思い出しました」

 彼の視線は鍋の向こう、その先にいる祖母の笑顔を映すかのように温かかった。

「もしよろしければ——あなたと一緒に料理を作りたい。東京に来てくれませんか?」

 唐突な申し出に、リナの心臓が波打つ。カウンター越しに立つ彼の肩幅は思ったより頼もしく、だがその眼差しは誰よりも繊細に、リナの答えを待っている。

 窓の外では、午後の陽光が真綿のように街路樹を包み、冬の空気を柔らかく溶かしていた。リナは、自分の小さなカフェ、祖母のレシピ、そして目の前の未知へと目を巡らせる。心の奥にまだ知らない香りが湧き上がり、彼女はそっと唇を開いた——。

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