大空の船 – 第1章 前編

振り向けば、母親が困ったように笑いながら立っている。母親は漁師町の女性らしい丈夫な手をしていて、いつもアレンの後ろで優しく支えてくれる存在だった。だが彼女も、息子の奇妙な夢については理解しきれない部分がある。空なんて飛行機械でもなければ飛べないし、そもそも日々の暮らしに追われる町の人々は、そんな突拍子もない発想に振り回されるわけにはいかないのだ。

「ねえ、お母さん。人って、本当に空を自由に飛ぶことってできるのかな」

アレンが問いかけると、母親は一瞬言葉を探すように口をつぐんだ。空を飛ぶなんて現実離れした話だと周囲の誰もが言うけれど、この町には「変わり者の発明家」がいるという噂もある。母親自身、その噂を半分冗談のように聞いたことがあった。

「難しいかもしれないね。でも、やってみたいと思うなら、やりなさい。ただし……怪我だけはしないように。お父さんにも心配かけないでね」

淡々と話す母親の口調には、わずかながら優しさと諦めが入り混じっていた。アレンは「うん」と返事をしてから、しばらく海を見つめていた。渡り鳥が飛び立つように、いつか自分もあの広い空を自由に駆けめぐってみたい。そんな想像が頭から離れない。

家に戻ると、朝食の準備をする父親の姿があった。漁から戻ったのか、ざぶざぶと足元を濡らして入ってくる彼は、「ずいぶん早起きだな」と息子に声をかける。アレンは、「うん、ちょっと紙飛行機を試してた」とだけ言い、椅子に腰を下ろした。

食卓には、母親が用意したスープとパンが並べられている。父親は疲れ気味の様子でコップの水を飲み干した後、アレンをちらりと見た。少年が昨夜から空を飛ぶ方法を熱心に考えていたことなど、きっと母親から聞いているのだろう。けれどその話題を持ち出すわけでもなく、「熱いからやけどするなよ」とだけ言ってスープを差し出す。その表情には、どこか息子への期待と不安がにじんでいる気がした。

ふと、アレンは母親が砂浜で拾った紙飛行機を手にしていることに気づいた。母親はその破れかかった翼を眺めながら、「これ……まだ直せるかな」とつぶやく。アレンは小さく笑って、「きっと大丈夫」と答える。そして、またあのわずかな浮遊感を思い出して、胸が高鳴るのを感じた。

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