雪解けの恋 12/21(thu) – 冬の出会い

東京の冬。街はクリスマスの灯りで彩られ、人々の足取りは忙しげになる。しかし、その喧騒の中で、杏子は自分だけが置き去りにされたような寂しさを感じていた。28歳、一般企業に勤める彼女の日常は、繁忙期の仕事に追われることで一杯だった。クリスマスに予定がないことを友人に指摘され、余計にその孤独を感じていた。

その日、仕事を終えた杏子はふと立ち寄ったカフェで、ひと息つくことにした。店内は温かい光に包まれ、クリスマスソングが静かに流れている。そこで彼女の目に留まったのは、カウンター越しに働く青年、拓真だった。彼はカフェの店員で、客への対応は丁寧で、どこか落ち着いた雰囲気を漂わせていた。杏子は彼の優しい眼差しと、話す時の穏やかな声に心を奪われた。

しかし、杏子は恋愛に関しては不器用で、自分から積極的に人と関わることが得意ではなかった。そのため、彼女は拓真との会話を深めようとはせず、ただ静かに彼の働く姿を眺めるにとどまった。カフェの中は、ほかの客たちの笑い声や話し声で賑やかだが、杏子にはそれが遠く感じられた。彼女の心は冬の寒さのように静かで、感情の波が穏やかになっていた。



拓真もまた、杏子に気づいていた。彼女の静かで品のある雰囲気が、彼の目には際立って見えた。拓真はアート大学を卒業後、画家としての夢を追いながら、生計を立てるためにこのカフェで働いていた。彼の外見はクールで、少し無愛想に見えるかもしれないが、実際は繊細で情熱的な心の持ち主だった。彼は杏子に興味を持ちつつも、自分の不安定な職業や将来に対する不安から、恋愛に踏み込むことをためらっていた。

カフェでのひと時は、杏子にとって日常からの小さな逃避だった。彼女は拓真の存在に心を動かされつつも、自分から関わりを持とうとはせず、ただその場の安らぎに身を委ねていた。外はすっかり暗くなり、冬の夜の寒さが身にしみる。杏子はコートの襟を立て、店を出た。拓真は彼女の後ろ姿を見送りながら、何か言葉を交わすべきだったかもしれないと思い、少し後悔した。

この日の出会いは、まだふたりにとっては何の意味もない、ただの偶然に過ぎなかった。しかし、これが二人の運命の始まりであることを、その時の彼らはまだ知らなかった。街の灯りは冬の夜を照らし続け、クリスマスに向けてのカウントダウンが静かに始まっていた。

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