雪解けの恋 12/21(thu) – 冬の出会い

カフェのドアが静かに閉まる音が、拓真の耳に小さく響いた。彼はふと、杏子が置いていったカップに目を留める。彼女の口紅の跡が、はっきりと残っていた。彼はそのカップを手に取り、しばし思考にふける。杏子のことを考えると、彼の胸の内は複雑な感情で満たされた。彼女の静かな美しさ、品の良さが心に残っていた。しかし、彼の不安定な将来や、自身の夢への不確かな道のりが、恋愛への一歩を踏み出すことを躊躇させていた。

その頃、杏子は冷たい夜の風に吹かれながら家路を急いでいた。彼女の心は、拓真の優しい眼差しと温かな声に包まれていたが、同時に孤独感も感じていた。自分が恋愛に臆病であることを自覚している杏子は、拓真への思いを深めることを恐れていた。彼女は、恋愛において自分から積極的になることができない自分に、少し落胆していた。

カフェに戻った拓真は、普段通りに仕事を続けるが、心のどこかで杏子のことが引っかかっていた。彼はカウンターに立ちながら、ふと窓の外を見る。街はクリスマスの飾りつけで華やかだった。しかし、彼にはその輝きが遠いものに感じられた。彼は画家として成功することを夢見ているが、現実はそう甘くない。彼の作品が評価される日はまだ遠く、不安定な毎日が続いていた。だからこそ、恋愛に身を投じることができないでいた。



一方、杏子は自宅に着くと、ふと一人のクリスマスを過ごすことを考えた。彼女の部屋には、仕事の書類が山積みになっていた。彼女はそれらを見つめながら、自分の人生に何か大切なものが欠けているような気がしていた。彼女は読書や映画鑑賞が好きだが、それだけが彼女の人生のすべてではなかった。彼女は、自分の内面に深く潜む、何かを求める心の声を感じていた。

夜が更け、カフェも閉店の時間が近づいてきた。拓真は店の片付けを始める。彼はふと、杏子のことを思い返し、彼女に何か言うべきだったのではないかと考えた。しかし、彼はその時の自分にはその勇気がなかったことを知っていた。彼は自分の夢に向かって努力しているが、それが恋愛を諦める理由になっていた。

カフェの灯りが消え、拓真はひとり帰路につく。彼の心は杏子のことでいっぱいだったが、彼はその感情を押し隠していた。彼は自分の不安定な立場や、将来への不確かな道を考えると、恋愛に踏み込むことができなかった。彼は自分自身に問いかける。自分は本当に恋愛を諦めなければならないのか、と。

その夜、杏子も拓真も、それぞれの家で眠りについた。彼らの心には、お互いへの思いが静かに芽生え始めていた。しかし、その思いがどのように育つのか、その時の二人にはまだ分からなかった。街の灯りは静かに消え、冬の夜は更に深まっていった。クリスマスまであとわずか。彼らの運命は、まだ誰にも知られていなかった。

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