運命のレシピ – 第2話

 リナは震える声で尋ねる。

「もし私が断ったら?」

「味だけ盗む気はありません。あなたとでなければ意味がない」

 タケルは穏やかな瞳でそう告げ、腰を折って深く頭を下げた。世界的シェフが田舎のカフェで本気の一礼。空気が固まり、時計の針の音だけが響く。

 夜。閉店後の灯りの少ない厨房で、マミが鍋を拭きながら口を開いた。

「リナ、行っておいでよ。私、ここ守るからさ」

「でもマミだって独立が夢でしょ?」

「夢に期限はないよ。あんたが大輪になって戻ってきたら、その時私も隣で咲く。——ね?」

 澄んだ声が鍋底の星のように輝く。リナは目頭を熱くしながら笑った。

 翌朝、白雪ニンジンの甘い香りがまだ漂う店内で、リナは電話を握りしめた。

「もしもし、橘さん……。私、東京へ行きます。――お願いします」

 受話器越し、タケルの低い声が柔らかく波打った。こうしてリナの旅は、湯気の向こうに道を描き始めた。

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