運命のレシピ – 第2話

「白雪ニンジン、まだ残っていましたよ」

 タケルはそう言って、綺麗な球根をカウンターに並べた。

「今日は試作をお願いできますか。あなたの味覚を、もう一度確かめたい」

 彼が求めているのは味噌汁のような優しい返事ではなく、シェフとして響く言葉だ。リナは頷き、厨房の火を灯した。

 タケルが見守る中、リナは米を洗い、白雪ニンジンをすりおろして澄んだブイヨンに溶かす。香り立つ蒸気の向こうで、タケルは目を細めた。

「あなたの火加減は緩やかだ。素材が悲鳴を上げない温度を知っている」

「祖母に教わりました。『野菜はしゃべるから耳を澄ませなさい』って」

 鍋の中で米粒が白く花開き、甘い香りが店いっぱいに広がる。リナは仕上げに擦った柚子皮を散らした。

 試食用の小皿を差し出すと、タケルは一口すくい、瞳の奥で味を検温するように長く呼吸した。

「……驚くほど軽いのに、芯にコクがある。都会では出会えない味だ」

 リナの胸がふわりと熱くなり、同時に怖さも膨らむ。もし東京へ行って、この味を失ったらどうしよう。

 ランチタイム後、タケルは真剣な声で切り出した。

「来月、ラ・ヴァレは新コースを始めます。テーマは“土地の記憶”。あなたの白雪ニンジンを核に据えたい。レシピを創るのはあなたです」

 その言葉は魅力的な香りを放ちながらも、針のように鋭かった。自分の料理が、都会の大舞台で評価されるチャンス。けれど祖母と歩んだこの店が、背中で泣く気がした。

タイトルとURLをコピーしました