運命のレシピ – 第3話

 昼前、賄いの時間になっても箸が止まる。硬質なステンレスのテーブルと鍋擦れの音。リナは弁当箱に入れた白雪ニンジンのピクルスを一つ齧ったが甘さを感じられない。重力の強い惑星に来たみたい——そう考えた途端、笑いがこみ上げてきて、慌てて口を覆った。

 タケルが遠くから目配せを送り、「夜、試作室へ」と小さく唇を動かす。それが救命具のように見えた。

 閉店後の試作室。エスプレッソマシンが休む静寂の中、タケルは白いポロシャツに着替え、シンプルな鍋を火にかけた。ニンジンは橙色、玉ねぎは透明、それらを優しく焦がさずに炒める。ワインでもフォンドヴォーでもなく、水だけを注ぐシンプルな手順。

「キャロットポタージュ。母が最後に作ってくれた味だ」

 彼は声を低め、蓋をしてから時計を見つめた。リナは隣で泡立つ鍋を見守りながら、なぜ彼が自分をここへ招いたのか、改めて問い返す。

「あなたのスープで、母の味の輪郭が戻ったんだ。削れていた記憶に火がついた。それを確かめたい」

 鍋が静かに沸き、ミキサーで攪拌されたポタージュは月明かりのような淡い橙。口に含むと優しい甘さのあと、焦げていないキャラメルのような香ばしさが跳ねた。

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