運命のレシピ – 第3話

「でも何か、足りない」リナは呟く。「甘さを引き立てる少しの酸味と、温度に変化をつけたい」

 彼女は冷蔵庫から青い柚子を取り出し、薄く皮を剥いた。

「表面に浮かべるだけで、最初に香りが立ち、後から苦味が舌を整えてくれるはず」

 タケルは驚いたように目を開き、次の瞬間、フッと笑った。

「なるほど。重ねる、ではなく余白を置くのか。面白い着想だ」

 試作中のノートにリナの文字が初めて刻まれた。細いペンで「柚子ゼスト 0.05g」と書き、隣にタケルが「mémoires」と添える。二つの筆跡が、まるで同じ旋律のハーモニーのように重なった。

 寮に戻ると、マミからメッセージが届いていた。

《東京の星空、見えた? あんまりキラキラしてないけど、リナが輝かせるんだよ!》

 小さな画面が滲んで、リナはスマートフォンを胸に抱いた。

 厨房の速さはまだ怖い。それでも、味覚は再び目を覚ます。この都市で、自分だけの甘さと香りを探す旅が始まったのだ、と彼女は静かに確信した。

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