運命のレシピ – 第4話

 試作ノートのページが足りなくなるほど書き込みが増えた。縁には飛び散ったピュレの点が乾き、藍いちごの紫がかすかな染みを作る。そこへタケルが万年筆で走り書きをした。

 《スイートスポット:ムース 12℃、ジュレ 8℃》

 「この温度差で口の中に入れると、ムースが先に溶け、少し遅れてジュレの酸味がはじける。歯より舌が先に驚く構成さ」

 リナはペンを借り、《甘さの残像を引っ張る余韻が鍵》と書き足した。丸みを帯びた彼女の文字と、直線的なタケルの文字が重なり、ページはレシピであり、ふたりの会話文でもあった。

 皿に盛る段になり、タケルがリム幅の広い白磁を選ぶ。中心に白いムースを絞り、まわりを藍いちごの星屑で囲むと、深夜の月と夜空のような配置が浮かび上がる。

 スプーンでひと口すくい、タケルは眉をわずかに上げた。「……甘さが、重力を失ったみたいに軽い」

 リナも続く。舌の上でムースが溶け、波のように甘みが伸びたあと、ジュレがはじけ酸味が跳ね返る。その一瞬の静けさと高揚に、二人は同時に目を見開いた。

 「これだね」タケルが言う。

 「はい、完成です」リナは微笑む。

 気づけば午前三時。試作室の窓から見える東京の夜景は、遠くの星座のように瞬き、しかし手を伸ばせば掴めそうにも思えた。

 「明日のサービス後、試食会を開こう。スタッフにも食べてもらう。――君の名前で」

 タケルの言葉に、リナの心臓が跳ねる。ここで認められることは、自分の味覚がこの街で生きていく第一歩。

 「責任、重いですね」

 「でも楽しみだろ?」

 穏やかな笑いが混じる声に、リナも笑い返す。冷え始めた空気に、互いの吐息が白く混ざり合う。それは揺らめく炎のようで、共に書き始めた試作ノートの先を、鮮やかに照らし出していた。

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