「瑞希さん、また夢を見たの?」
友人の直美が心配そうな顔を向けてきた。瑞希は小さく頷くと、目を細めて遠くの窓の外を見た。外は凍ったように静まり返り、動物たちの鳴き声は消えていた。この未来の日本では、動物たちのいない日々が続いていた。
瑞希は若き女性研究者として、動物の感情を読み取る能力を持っていた。それは、彼女の特別な力でもあり、同時に不幸な宿命だった。彼女は絶滅の危機に瀕した動物たちを救うために、毎日研究所に通い続けた。それがどんなに危険な道であったとしても、彼女にはやるべきことがあった。
研究所の地下室には、オオカミが一匹閉じ込められていた。彼の名は「影」。瑞希がひとめ見た瞬間、彼の瞳に宿る深い悲しみと怒りに心を奪われた。彼はその骨格からも誇り高い生き物であり、過酷な運命によって押し潰されたのだ。
瑞希は彼の心に入ることに成功し、彼が感じる痛みや苦しみを知った。影は仲間を失い、孤独に苛まれていた。そして、瑞希もまた、影の存在を通じて猛烈な孤独感を抱えるようになった。
日々が過ぎるごとに、瑞希の心は影に引かれ、やがて彼女の精神は蝕まれていった。オオカミの悲しみは瑞希自身のものとなり、悪夢にうなされる。そして、その夢はただの夢ではなかった。
「私は彼を救う。」瑞希は、その決意を固めた。
しかし、政府は影をデータとして消去する計画を立てていた。このことは、研究所の上層部にとっても秘密だった。瑞希はたびたび影から聞く彼の心の声に恐れを抱き、彼を守るための策を講じなければならなかった。
ある晩、瑞希は影に向かって言った。「私はあなたを絶対に守るわ。私の命を賭けても。」影の瞳が光り、瑞希は反応を期待した。しかし、彼の声は届かない。
日が経つにつれて、瑞希の悪夢は悪化し、彼女の感情はますます不安定になっていく。そして、ついにその日が訪れた。
「影、あなたは私のすべて。私の命を捧げてでも守る。」
その日、瑞希は研究所の秘密のプロジェクト施設に忍び込んだ。彼女は恐れを抱えていたが、その時にはもう何もかも忘れていた。
「影、待っていて。」そう言葉をかけ、彼女は影がいる檻の扉を開けた。
だが、影は彼女を見て声を発することはなかった。瑞希は影を自由にするために、データベースに侵入することを決意した。しかし、その行動が思いもよらない結果を招くことを知る由もなかった。
プログラムが進行する中、警報が鳴り響いた。彼女は自分の選択を後悔する暇もなく、 guards に囲まれてしまった。
「捕まえろ!彼女は機密情報を披露しようとしている!」
その瞬間、瑞希は自分の命が危険にさらされていることを感じた。しかし、影を死なせるわけにはいかない。
「私の命はいいの!影を守るために!」彼女は叫び、警備員たちに立ち向かっていった。だが、心のどこかで、彼女はすでに負けていることを理解していた。
危機的な状況に追い込まれる中、彼女の心は次第に絶望していった。影は背後でその情景を見守っていた。
「影、私は絶対にあなたを見捨てない!」
瑞希は力を振り絞り、影の方へ向かって走り出した。しかし、運命は冷酷だった。彼女は guards に捕まり、そして一瞬でその意識を失った。
意識を失った後、瑞希が次に目覚めたとき、研究所の床に横たわっていた。その周りには誰もおらず、影の姿もなかった。
「影!」彼女は叫びながら、必死に周囲を見回した。しかし、返答はなかった。
彼女は恐怖の中で理解した。影は消えたのだ。政府は彼をデータとして消去したのだ。
瑞希は絶望に覆われ、自分の過ちを悔やむしかなかった。彼女の命は影との絆のためにあったが、その絆は崩れ去った。
彼女の心は暗闇に包まれ、影の存在は彼女の胸の中で永遠に生き続けることになった。
「ごめん、影…」彼女は呟き、静かにその場に座り込んだ。