ゆりの花が散った日

春の終わり、東京都郊外の静かな町に、生きる希望を持つ若い女性、さゆりがいた。彼女は優雅なゆりの花が咲く時期が訪れると、毎年その香りと美しさに心を奪われた。しかし、彼女の心には重くのしかかる影があった。家族の不幸、特に幼い頃に亡くなった母のことが、さゆりの心に深い傷を残していた。

彼女は代々ボランティア活動に励んできた家族の影響を受け、終末医療のボランティアを始めた。末期患者のためのケアを行うことで、医療の世界の厳しさを目の当たりにしながら、少しでも彼らに安らぎを届けたいと願っていた。

病院の薄暗い廊下を歩きながら、彼女はその日の患者の様子を思い浮かべた。ある眩い春の日、彼女は一人の青年、涼介と出会うことになる。涼介は長い間病床にあり、誰からも見放された存在だった。その表情はどこか冷たく、周囲の人々が彼を避ける理由が瞬時に理解できた。

初めは言葉を交わすことすら難しかったが、さゆりの優しさが少しずつ涼介の心を溶かしていった。彼は、彼女と過ごす時間を心から楽しみ、それに応じるように少しずつ笑顔を見せるようになった。だが、その楽しさの背後には、恐ろしい秘密が隠されていることに気づくことはなかった。

「最近、僕、恐ろしい夢を見るんだ。」

初めのうちは冗談だと思ったさゆりだったが、涼介の言葉には重みがあった。彼は夢の中で、自身の病状が悪化し、周囲の人々が次々と命を落としていく様子について語った。彼の目は真剣で、何かを訴えかけているようだった。しだいに彼が語る夢の内容が現実と重なってくることに、さゆりは身震いを感じた。

最初は「偶然だ」と自分に言い聞かせたが、その数字は日に日に積み重なっていった。彼女の周囲では美しい人生を生きていた人々が、次々と不幸な事故に遭ったり、病気にかかったりしていく。涼介の言った通り、彼の夢の予言は現実に成り代わっていく。そして、さゆり自らもその運命に巻き込まれていると感じざるを得なかった。

ある晩、親友の美智子が病院に搬送された。彼女は元気な明るい性格で、何でも乗り越えられると思っていたさゆりにとって、そのニュースは衝撃だった。美智子は命の危険に晒されていた。さゆりは焦りと恐れで目の前が真っ暗になり、必死に彼女の元へ向かったが、無情にも美智子は命を落としてしまった。彼女の棺の前で、さゆりは初めて心の奥底で育まれていた無力さを痛感した。

その後も悲劇は続き、周囲の人々が次々に命を失っていった。涼介の言っていたことが真実になっていた。彼女は彼を守りたくても、どうしようもなかった。さらなる悲劇が訪れ、彼女の心は絶望感にとらわれた。悲しみを押し殺し、看護続ける中で、涼介の顔を見る度にその絆が深まっている気がした。

しかしながら、彼女の優しさは良かれと思って行動するたびに、逆に涼介を追い詰めていることに気づかぬうちに、皮肉な結果をもたらす。彼女が過保護になればなるほど、涼介は心の中で彼女から距離を置くようになっていった。

「ごめん、さゆり。君が優しいのは知っているけど、僕は君に悲しみを運びたくない。」

とうとう、涼介の病室は彼の精神が壊れるほどに荒廃し、静寂が支配していた。病の影響で身体が弱り果てた彼は、最後の瞬間を迎えようとしていた。その日、さゆりは必死に彼を救おうとしたが、彼女の気持ちが通じることはなく、逆に彼を絶望に追いやるばかりだった。

「さゆり、もうやめて。僕は君に何も返せない、僕を忘れて…」

二人の間に流れる空気は重く、さゆりは涙を抑えることができなかった。彼女の鼓動が最後の時の静寂を引き裂くように感じ、涼介の腕が徐々に冷たくなっていくのを実感した瞬間、彼女の心は崩れ去った。

「お願い、涼介! 私を見捨てないで!」

さゆりの叫び声は虚しく、病室の静けさがその悲鳴を飲み込んでいった。ついに、彼女が愛する涼介は消えてしまった。

「ごめんなさい…」

彼女はただただ呟き、失った命の重みを痛感する。

彼を失った後、病室は冷たい静寂に包まれ、さゆりの心の中でゆりの花が散っていく様子が目に浮かんだ。彼女の優しさは確かに彼女自身を苦しめ、彼女が愛していた人々を引き裂いていったのだ。やがて、散っていくゆりの花の香りが、彼女の心の底から消えていく。悲劇の余韻が心に残り、さゆりはかつての自分を取り戻すことはなく、暗い影を抱えたまま生きていくしかなかった。

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