佐伯が勤める雑誌社のオフィスは、真新しいビルの中にある。いつものように書類の山に埋もれながら記事の構成を考えていた彼は、ふと同僚の小野寺から興味深い話を聞かされた。都会の一角、かつて大火災が起こったとされる地域が、ある日突然「封鎖」されたというのだ。警備員ではなく、まるで軍隊さながらの重武装の男たちが街を取り囲み、付近への立ち入りを厳しく制限しているのだという。そこで暮らしていた人々の多くは早朝に一斉避難したと報道されてはいたが、実際にはそのまま姿を消して戻ってきていないと噂されていた。
「まるで戦争中の検問みたいですよね」と小野寺は興奮混じりに話すが、佐伯はどこか腑に落ちない気持ちを抱えていた。災害が起きたわけでもない、テロ事件が起きたわけでもない。なのに当局が必死になって街を封鎖する理由は何なのか。誰に問いかけても明快な答えが返ってこないのだという。
「よし、話を聞いてみる価値はありそうだ。上司に相談してみるよ」
そう言い残して佐伯は編集長のもとへ足を運んだ。編集長は彼が持ち込む企画に対していつも慎重で、下手をすれば中止を言い渡されるかもしれないと思いつつ、佐伯は封鎖区域の話を手短に説明する。すると編集長は最初、渋い顔をして「あまり大袈裟なことはやめてくれよ。軍隊が出張るような案件に雑誌記者が踏み込むなんて危ないだろう」と難色を示した。しかし佐伯がかつてその街で起こったという大火災と、その後囁かれている奇妙な噂——“亡霊の街”という名で呼ばれ、焼死したはずの人間の霊が出るだの、街そのものが呪われているだの——を持ち出すと、編集長は不承不承ながらも「ま、興味をそそられる話ではある。どこか妙に胡散臭くもあるから、裏を取ってから記事にするかどうか判断する。取材に行ってこい」と許可を出した。
取材許可が出たとなれば、佐伯は一気にやる気が出てくる。翌日早速街の周辺を訪れ、警備関係者らしき男に声をかけた。迷彩服を着込んだその男はサングラス越しに佐伯を睨みつけ、「取材? こちらは立入禁止区域だ。すぐ立ち去れ」と突き放すだけだった。さらに周辺住民に話を聞こうとしても、誰もが「知らない」「何も聞いていない」「あそこには近づかないほうがいい」と口を閉ざしてしまう。わずかな手がかりを得られず、佐伯は焦りを感じはじめる。