佐伯はここ数日、寝つきの悪さに加えて奇妙な行動を取っている自分に気づいていた。夜中に突然目が覚め、無意識のまま外へ出ようとしているのだ。最初は寝ぼけているだけだと思い込もうとしたが、ある深夜、玄関のドアに手をかけているところを小野寺に制止されて正気に戻り、言いようのない恐怖に襲われた。小野寺は自宅マンションが近所ということもあり、偶然帰宅途中に佐伯を見かけて声をかけたらしい。
「佐伯さん、しっかりして。こんな時間にどこへ行くつもりだったんだ?」
「わからない……気づいたらここに立ってて……」
佐伯は自分でも説明のつかない衝動に苛まれていた。まるで誰かに呼ばれるような感覚がある。はっきりとした声ではないものの、胸の奥に湧き上がってくる“行かなければならない”という焦りに近いもの。自室に戻った佐伯は寝不足の頭を押さえ、煎れたばかりのコーヒーを口に含む。小野寺は心配そうに隣で黙り込んでいたが、意を決したように口を開いた。
「もしかして、“亡霊の街”に呼ばれてるんじゃないか? 佐伯さん、あの街で何か……変な体験をしたって言ってたよな」
「実際、白い影を見たり、奇妙な出来事はあった。でも今は何とか冷静を保ってるつもりだ。大丈夫だ。取材を続けていれば、そのうち正体が分かるはずだ」
そう言いながらも、佐伯の声には自信が感じられない。胸の内側を蝕むような不安が消えることはなかった。