静かな村、そこは寂れた風景の中に時間が止まったかのように存在していた。村のひとつひとつの家屋は老朽化し、草木は手入れされずに伸び放題で、無造作に放置されている様子が目立った。村の住人たちは、時折低い声でささやき合うこともあり、その話題はいつも「影の住人」に関することだった。
さくらは、その村に住む若い少女だった。彼女は小柄で、目は大きく、内気な性格が顔に表れていた。周囲の子どもたちと違って、さくらは自分の殻に閉じ込められているようで、友人を持つことがなかった。彼女の心には、一種の孤独が根を下ろしていた。それは、彼女の家族との関係にも影響を及ぼしていた。父母は忙しく、彼女に目を向けることはほとんどなかったからだ。おそらく、すれ違うことが日常になってしまったのだろう。
ある夕暮れ、さくらは家の裏に広がる森を見つめた。村人たちは森には近づくな、と厳しく警告していた。影の住人は、そこに住んでいる悪霊だと噂され、決して触れてはいけない存在だった。だが、彼女はその伝説の背後にある真実に興味を持たずにはいられなかった。
その晩、さくらは夢の中で影の住人に遭遇した。彼は黒い霧のような姿をしており、悲しげな声で彼女に呼びかけた。「助けてほしい、さくら…近くへ来てほしい。」 さくらは驚愕したが、夢の中の彼の声は、彼女の心を捉え、惹きつけるものがあった。目が覚めると、自分の心が何かに引き寄せられている気がした。
どうしようもなく彼の声が耳から離れず、さくらは無意識のうちに森へと足を踏み入れてしまった。鬱蒼とした木々が立ち並び、月明かりがかすかに道を照らしている。少しずつ進むにつれて、彼女は怖れを覚えたが、振り返ることはできなかった。心のどこかで、彼を助けたいという思いが彼女を今までの自分とは異なる場所へ導いていた。
森の奥深くに進むと、やがて彼女は再び影の住人と出会った。彼は自らの影を引きずるように、彼女に近づいてきた。
「君は孤独だろう？ 私の心の痛みを感じているのではないか。」彼の声は低く、静かで、それが一層さくらを惹きつけた。
彼女の心の奥底に秘められた孤独や悲しみが、影の住人に共鳴し、彼女は激しい感情に囚われ始めた。次第に、彼女の視界は暗くなり、霧に包まれていく。目の前に浮かぶのは、彼女が抱えていた過去のトラウマだった。
時折、さくらは自分の感情と向き合わなければならないと感じ、影の住人から目を背けようとした。しかし、彼は優しく手を差し伸べ、さくらを彼の世界へ引き込もうとする。「私の影に入ってきてほしい。そこは、君の痛みを忘れられる場所だよ。」
その瞬間、彼女は彼の言葉を受け入れてしまった。その影に飲み込まれるように、さくらの心はさらに深い悲しみに沈み込んでいった。彼女は自分の内なる孤独を見て、どうにかして癒そうとする希望を失っていく。
村の明るさが遠ざかり、彼女の周りはいつまでたっても暗闇に包まれたままだ。影の住人はまるで彼女の痛みを楽しむかのように、笑いながらその周囲をうろついている。さくらは彼を拒むこともできず、ただその存在に飲み込まれていくしかなかった。
そして、時が経つにつれて、彼女は村に戻ることはできなくなった。影の住人の影に囚われ、彼女は村人たちに忘れ去られる存在になってしまった。彼女の名前はさくらではなくなり、ただ影として永遠に彷徨う運命に定められた。
「さくら…」という悲しげな声と共に、影の住人の囁きが耳元で響き続ける。
村は彼女の存在を即座に忘れてしまい、また新たな孤独な少女が生まれるのかもしれないと考え、寂しい夜が続いていた。
さくらは影の住人として、悲しみの中に埋もれ続けるのだ。彼女の名はその村の伝説となり、過去の影の一部として語り継がれることはなかった。ただ彼女の孤独な叫びだけが、今も森の中に響いている。
