ユイは、海辺の町に住む小学四年生。学校から帰ると、ランドセルを置いて、よく浜辺へ出かけました。
波が砂をさらさらとなでていく音を聞いたり、波打ちぎわにころがる貝殻を集めたりするのが好きだったのです。
ある日の夕方、ユイは見たことのない貝殻を見つけました。月の光をひとしずく閉じこめたような、青白い貝殻です。
耳に当ててみると、波の音にまじって、小さな声が聞こえました。
「満月の夜、海の底の時計が止まる。時計が止まれば、浜辺の砂が消えてしまう」
ユイは、思わず貝殻を落としそうになりました。
「だれ? 今の声、だれなの?」
返事はありません。ただ、夕日を映した海が、ゆっくりと明るさを失っていきます。
次の日、ユイは友だちのソラに話しました。ソラは、いつも元気いっぱいで、木のぼりもかけっこも得意です。でも海に入ろうとすると、決まって「今日はやめておく」と言うのでした。
「海の底の時計を見に行こうよ」
ユイが言うと、ソラは目を丸くしました。
「海の底って、泳いで行くの?」
「たぶんね。ソラは泳げるでしょう?」
ソラは、少しだけうつむきました。
「ほんとうは、泳げないんだ。海に入るのがこわくて、みんなに言えなかった」
ユイは、ソラの顔を見ました。ソラの声は小さかったけれど、かくしていたことを話すのは、きっと大きな勇気がいるはずです。
「言ってくれてありがとう。泳げなくても、いっしょに考えよう」
そこへ、岩のすき間から、赤いカニが出てきました。大きなはさみを片方だけ高く上げています。
「今の話、聞こえたぞ。わしはハサミン。海のことなら、ちょっとくわしい」
「じゃあ、海の底の時計を知っているの?」
ユイがたずねると、ハサミンは、はさみを胸の前でぎゅっと合わせました。
「知っているとも。だが、わしは人見知りでな。知らない相手と話すと、はさみがぷるぷるしてしまう」
ほんとうに、はさみの先が小さくふるえていました。
それでもハサミンは、灯台を見上げて言いました。
「古い灯台の地下に、海へ続く道がある。満月の夜までに、そこを通らなくては」
三人は、町はずれの灯台へ向かいました。灯台はずっと前に使われなくなり、白い壁には潮風のあとが残っています。
地下へ降りる階段を見つけたのは、ソラでした。灯台の中をすみずみまで探して、壁にかかった古い地図の裏に、小さな戸を見つけたのです。
戸の向こうには、青く光るトンネルがありました。そこから、ひんやりした潮風が吹いてきます。
「この道を進めば、海に出るんだ」
ハサミンが言うと、トンネルの床に水が満ちてきました。三人は手をつなぎ、青い光の中へ進みます。
すると、ふしぎなことに、息が苦しくありません。水の中なのに、ゆっくり歩くことも、話すこともできました。
トンネルの出口では、海の流れがぐるぐると回っていました。
「流れに乗るんだ。しっかりつかまって!」
ハサミンの声に合わせ、三人は流れに飛びこみました。泡の列が、まるで空を飛ぶ道のように、海の奥へ続いていきます。
やがて、暗い海底に、大きな時計が見えてきました。時計の文字盤は、青い石でできています。長い針は、満月を指す少し前で止まりかけていました。
歯車のすき間には、細い糸、くだけたプラスチックのかけら、空き袋の切れはしがぎゅうぎゅうに詰まっています。
「町の人たちが捨てたごみだ……」
ユイは胸が苦しくなりました。海の生き物が捨てたものではありません。人間が、浜辺や道に置きっぱなしにしたごみが、流れ流れてここへ来たのです。
「急いで取りのぞこう!」
ユイは、歯車にからまった糸を引っぱりました。ソラは袋の切れはしをつまみ、ハサミンは小さなプラスチックをはさみで取りました。
けれど、ごみは思ったより深く入りこんでいます。少し取るたびに、別のかけらが奥へすべりこみました。
時計の針が、ぎい、と音を立てました。
「このままじゃ、間に合わないよ!」
ユイが叫びます。
そのとき、ハサミンが古い文字盤を見つめました。
「時計を動かすには、みんなの力が必要だ。海の生き物たちに助けを求めるんだよ」
「でも、だれにどうやって?」
ソラの顔は青ざめていました。海の生き物たちは、遠くにちらちら見えるだけ。ソラは、こわくて声を出せないようでした。
そのとき、ユイは、ここまで来てくれたソラのことを思い出しました。泳げないことを隠していたのに、いっしょに海の中まで来てくれたのです。
「ソラ、お願い。みんなに声を届けて!」
ソラは、ぎゅっと両手をにぎりました。目を閉じて、息を吸います。
「海のみんな! 助けてください! ぼくたちだけじゃ、時計を動かせないんだ!」
声は、水の中をまっすぐ進みました。
しばらくすると、岩陰から小魚たちが集まってきました。タコが長い足をのばし、ウミガメが背中で大きな袋を押さえます。エビたちは細い糸を一本ずつ引っぱり、貝たちは歯車のまわりに集まって、ごみが入りこまないように道をふさぎました。
「ここは、わしにまかせろ!」
ハサミンは、ふるえるはさみをいっぱいに開きました。小さなプラスチックのかけらを、ひとつ、またひとつと取り出します。
ユイもソラも、海の仲間たちと力を合わせました。最後に、歯車の奥にからまっていた糸が、するりと抜けました。
時計の中で、何かが光りました。
ごうん。
ごうん。
大きな音といっしょに、針が動きだします。青い文字盤が明るくかがやき、海の底から、あたたかな光が広がりました。
止まりかけていた時計は、ふたたび時をきざみはじめたのです。
帰り道、ソラはユイに言いました。
「こわかったけど、声を出せてよかった。ぼく、泳げないってことも、ちゃんと言える気がする」
「うん。ソラの声が、みんなを集めてくれたんだよ」
ハサミンは、照れくさそうに片方のはさみをふりました。
「わしも、知らない相手に話しかける練習になった。もっとも、はさみはまだ少しぷるぷるするがな」
翌朝、ユイが浜辺へ行くと、砂の上に、色とりどりの貝殻が並んでいました。桃色、金色、うす紫色。波が運んできた貝殻は、まるで浜辺に咲いた花のようです。
貝殻は、もう何も話しませんでした。でも、ユイには波の音が「ありがとう」と歌っているように聞こえました。
三人は町の人たちに、海の底で起きたことを伝えました。ごみを持ち帰ること、浜辺をきれいにすること、海の生き物たちを大切にすること。
「みんなで海を守るために、探検隊を作ろうよ」
ユイが言うと、ソラもハサミンも、うなずきました。
こうして三人は、「浜辺たんけん隊」を結成しました。町の人たちといっしょに、浜辺を歩き、海のふしぎを調べ、見つけたことを伝える隊です。
その日から、ユイは波の音を聞くたびに思います。
海は、遠くの世界ではありません。町のすぐそばで、いつも声をかけてくれているのです。












