異世界冒険者ギルドの日常 – 第1章:前編

第1章: 前編|後編

 頭に衝撃が走った瞬間、視界はすっと暗転した。

 深山悠斗――三十五歳、営業職。朝六時出社・終電帰宅が常態化したブラック企業勤めで、最後の記憶は、雨の国道で抱えていた段ボールが滑ったことだった。

 気がつくと、自分は星空の下に浮かんでいた。重力も痛みもなく、ただほんのり暖かい光に包まれている。

「あなたは寿命より早く命を落としました。補填措置として“第二の人生”を提供します」

 透き通る声が降ってきた。浮かぶ光の中に女神らしき人影。銀色の髪がさらさら揺れ、慈愛に満ちた笑みをこちらへ向けている。

「え……ええと、転生ってやつですか?」

「はい。異世界〈ラグラドール〉にて。“適性診断ガチャ”で転生先のお仕事を決めましょう」

 女神が差し出した水晶に指を触れると、過労死で硬くなった心が嘘のように軽い。だが水晶から現れた一覧は――

 勇者、賢者、剣聖、聖騎士……そして最下段に小さく「ギルド受付係」。

「受付……係?」

「おめでとうございます。あなたは“人と数字を愛する者”適性が最上位。窓口業務こそ天職です」

 いや待って、勇者は? 聖騎士は?

「本来あなたの魂は勇者枠に入っていましたが、過労ストレス値が規定を超えていたため激務ポジションは避けました」

 女神は確信犯的にウィンクする。

「……まあ、もう徹夜はこりごりですし」

 この時の安易な相槌が、後の大騒動につながるとは知らずに――。

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