招かれざるオファー
雪雲を透かした淡い陽射しが、カフェ・ルフレの窓辺に置かれた多肉植物の葉を銀色に染めていた。開店前の静かな店内。リナはマグカップに残った昨夜の珈琲をすすりながら、差し出された名刺を見つめていた。
「〈ラ・ヴァレ〉総料理長 橘タケル」。光沢紙の白地がやけにまぶしい。胸の奥では期待と不安がぐるぐると攪拌され、泡立つカプチーノのように落ち着かない。
そこへ裏口からマミが顔をのぞかせた。
「おはよー。……その顔、恋じゃなくて胃もたれ?」
「失礼ね。昨日のお客さん、実は有名シェフだったの」
名刺を渡すと、マミは「キャーッ」と声を漏らす。
「ウソでしょ!? あのラ・ヴァレ!?」
「嘘じゃないし、しかも東京で一緒に働かないかって誘われたの」
リナがため息を添えると、マミは瞳を輝かせながらも真剣に彼女を見つめた。
「でもおばあちゃんの店、どうするの?」
「それが……決めかねてる。チャンスだけど、この店は私の原点だし」
開店準備を手伝いながらも、二人の会話は繰り返し同じ円を描いた。結論が出ぬまま昼を迎えた頃、鈴の音が店にタケルの影を連れてきた。端正なコートの襟から覗くのは市場帰りらしい紙袋。