その夜。レストランの個室には橘会長と投資家たち。リナの担当皿〈白雪ニンジンの焦がし味噌ポタージュ〉が運ばれる。
会長は一口すすり、皿を置いた。
「コストに見合わん。甘すぎる。味噌も高価すぎる」
数字で切り捨てられた一言に、リナの中の何かが音を立てて崩れた。
かつん——テーブルの縁にスプーンを落とす音が響く。
「味は人の記憶です。数字で割り切れません」
会長は視線すら向けない。タケルが立ち上がりかけたとき、リナは皿を手に取り、勢いで床に叩きつけた。
白い陶器が砕け、オレンジ色のスープが飛沫になって散る。
沈黙。投資家のざわめき。
リナは震える拳を握りしめ、タケルを見据えた。
「あなたを信じてここに来た。でも私の大事なものを守れないなら、ここにいる意味はない」
そう言い残し、背を向ける。
砕けた皿の上で、スープがゆっくりと染み広がっていた。まるで二人の間に出来た溝を示すかのように。
裏口へ走り出たリナを、冬の夜風が切り裂く。涙で滲む街の灯りは、はじめて東京に来た日の星のように遠く冷たかった。
背後でタケルが名を呼ぶ声がしたが、振り返らなかった。音のない雪が降り始め、肩に落ちた冷たさだけが現実を刻んでいた。

















