運命のレシピ – 第6話

第1話 第2話 第3話 第4話 第5話

砕けたテーブル

 ひび割れた皿を背にして飛び出したリナは、人気のない裏道をかけ抜け、レストラン寮の小部屋へ転がり込んだ。ベッド脇の蛍光灯は薄水色に瞬き、窓の向こうで降り出した雪が視界をぼかす。震える指で祖母の形見のマグカップを握ると、濁った息がふっと漏れた。

 数字で割り切れない——あの一言を口にしたとき、胸は確かに熱く高鳴っていた。けれど直後に押し寄せたのは、夢のガラスが砕ける音だった。

 深夜二時。ラ・ヴァレの重厚な役員室では、橘克己会長が冷たいウイスキーを揺らしていた。タケルは父の前に立ち、瞳に怒りを宿す。

「料理人として招いたはずの人材を、買収計画に巻き込むなど許されない」

「経営とは感情でなく数だ」父は一蹴する。「皿が割れたのは君の管理不足」

 タケルは唇を噛み、試作ノートを強く抱えた。ノートの端はリナが投げた皿のスープで滲んでいる。インクのにじみが二人の距離を映し出すようだった。

「では、私は総料理長を辞する。次の道は自分で決める」

 その宣言に、父の眉がぴくりと動く。しかし返答はない。静寂だけが、決裂の証明として部屋を満たした。

タイトルとURLをコピーしました