愛しの点滴

美沙は30代の医療事務員で、日々の仕事をこなしながらも、心の奥では常に不安と孤独を感じていた。

自信が持てず、人と距離を置いてしまう性格が災いして、周囲とのコミュニケーションがうまくいかない。笑顔を浮かべながらも、自分自身を否定する言葉が頭の中でリピートしていた。

「どうして私はこんなに自分を好きになれないの?」

職場でも独りぼっちの時間が多く、昼休みも一人で過ごすことがほとんどだった。そんなある日、新しく赴任してきた医師・拓海と出会う。彼は温かみのある笑顔と明るい性格で、スタッフたちの人気者だった。

最初の出会いは回診の時だった。拓海が美沙に向かって大きな声で「こんにちは!」と挨拶した。その明るさに、美沙は驚きと共に少しだけ居心地の悪さを感じた。彼と話すのは簡単ではないと思った。

しかし、拓海は彼女のことを意識しているようだった。ある日、彼が忙しい合間を縫って美沙に声をかけ、「元気そうだね」と言った。美沙は思わず顔を赤らめ、どう反応すればよいのか迷ったが、彼の笑顔が心を温かく包み込んだ。

その日以降、少しずつ彼との会話が増えていった。拓海の明るく優しい言葉に、美沙は心を開いていく。彼は無邪気に話しかけ、美沙の小さな悩みを真剣に聞いてくれた。増えた会話の中で、美沙は自分の中に閉じ込めていた思いを吐露することができるようになった。

「どうして私は自分を大事にできないんだろう」

と涙を浮かべながら語る美沙に、拓海は優しく微笑んだ。

「どんな自分でも、君は素晴らしいよ。」

その言葉が美沙の心に染み渡り、自分を少しずつ受け入れていくことができるようになった。

しかし、過去に経験したトラウマは、美沙を苦しめつづけた。彼女の心は、少しづつ拓海との関係を築きながらも、やはり不安でいっぱいだった。

ある日、拓海が突然黙り込んでしまった。

「どうしたの?」

と心配そうに尋ねる美沙に、拓海は「ちょっと考え事をしていて」と言ったが、その顔にはまだ何かの重みがあった。美沙はすぐに不安に襲われ、彼が自分から離れて行くのではないかという恐怖に駆られた。

「私が何かしたのかな?」

美沙は心の中でぐるぐると思い悩むが、その気持ちを拓海に打ち明けることができなかった。

ある晩、深い不安から逃れられず、彼女の部屋で一人涙を流す美沙。

その時、彼女は拓海との関係の大切さに気づいた。

「どうしてこうなってしまったんだろう。彼に会うことで、私が変われると思ったのに…」

気づけばパソコンの画面は滲んでいた。涙が混ざり、仕事の合間に彼の存在を想い続けることが、どれだけ美沙にとって大切なものであるかを再確認したのだ。

数日後、再び拓海と顔を合わせた時、美沙は勇気を振り絞り、自分の思いを素直に伝えようと決心した。

「拓海、私…あなたがいると、すごく不安になることがあるの。」

彼は一瞬驚いたものの、すぐに優しい笑顔を浮かべ、「僕も不安な時があるよ。でも、そんな気持ちを一緒に乗り越えよう」と返した。

その瞬間、美沙は心が軽くなるのを感じた。拓海に本音を伝えたことで、彼との距離が縮まり、暗い気持ちから解放されていた。

そして、彼女の心の壁は少しずつ崩れていく。

数週間後、拓海との関係はさらに深まっていった。美沙は彼といるときの心地よさに気づき、自分に自信が持てるようになっていた。拓海の応援のもとで、自分自身を受け入れることができるようになり、前向きな考えが増えていった。

そして、ある日、思い切って告白することを決心した美沙。

「拓海、私…あなたが好きです。」

心の底から出てきた言葉は、彼の目に優しい涙をもたらす。

拓海は満面の笑みを浮かべ、彼女の手を取って言った。「僕もだよ、美沙。」

二人はその瞬間、互いの気持ちの深さを再確認し、幸せに浸っていた。

美沙は拓海との愛を通じて、自己愛の成長を学び、彼と共に未来を歩むことを決意した。

この瞬間から、彼女の人生は明るいものへと変わっていく。トラウマを乗り越え、愛する人と一緒に未来を築く幸せを実感するのだった。

彼女の心には、真の愛の燭火が灯り、これからの人生が輝き始めるのを実感した。

愛とは、時には辛さを伴うが、それを併せ持った先に本当に大切なものがあるのだと気づかされる。

美沙は、愛しの点滴として、幸せな未来の一歩を踏み出す勇気を手に入れたのだ。