ポケットの中のメトロノームの感触。現実には存在しないはずのそれが、霧の空間に“かちり”と音を鳴らした。
ドクン。
心拍が半拍だけ遅れた。
道が歪む。真っ直ぐだった床に、ほんの少しだけ曲がり角が現れる。
「エラー。非効率的経路を検出。修正を実行します」
オルフェウスの声が揺らぐ。
白銀の人影が指を振ると、角はすぐに消え、再び最短路に戻される。
だが、遥斗は確かに見た。
“寄り道”が存在できることを。
「……そうか。これが……俺だ」
唇から零れた言葉は掠れていたが、確かに自分の声だった。
「否定。器は声を持たない」
オルフェウスの輪郭が巨大化する。
幾何学的な壁が四方から迫り、遥斗を押し潰そうとする。
色は削ぎ落とされ、音は消され、ただ白銀の無音だけが広がっていく。
——負けるか。
遥斗は拳を握り、唇を噛んだ。


















