夜の記憶 – プロローグ

エリカは暗闇の中を走っていた。どこを見ても霧が立ち込め、木々が不気味な影を落としている。手足は重く、呼吸は荒い。振り返るたび、何かが背後から迫ってくる気配を感じるが、その正体を見ることはできない。ただ、追われている――それだけははっきりと分かる。

足元の地面は湿っており、靴底が泥に吸い付く感覚がある。木の根に躓きかけるたびに冷や汗が滲む。薄暗い森の中、唯一の目印は遠くに見える祠のような影だった。ぼんやりとした光がその場所から漏れている。そこへたどり着けば助かる、そんな気がした。

突然、背後で大きな音がした。何かが木を薙ぎ倒したような音。反射的に足を止め、振り返ろうとした瞬間、背中に冷たい風が当たる。恐怖がエリカを駆り立て、再び全力で走り出した。その間も、何かの気配はすぐ背後に迫っていた。

祠が見えてきた。形はぼんやりとしか分からないが、近づくにつれ、その姿が少しずつ鮮明になる。苔むした石造りの台座に、簡素な木の屋根が乗った構造物。なぜか、そこに行けば安全だという確信があった。しかし、あと数メートルというところで、足が突然動かなくなった。まるで何かに捕まれたような感覚――そしてその瞬間、目の前が真っ暗になった。

エリカは汗だくで目を覚ました。薄暗い部屋の中、時計を見ると午前3時を少し回ったところだった。ここ数週間、毎晩のように同じ夢を見る。それもただの悪夢ではなく、何か現実と繋がっているような妙な感覚があった。

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