遺した足跡 – 前編

前編 後編

第一話 『未完成のソナタ』

「また見えない相手と向き合う時間が始まるな」と、深淵のように深い吐息が漏れた。足元にはただひたすら荷物が積み上げられ、部屋の主が一体どんな人間だったのか、最初はその謎を解くことが全てだ。

主人公の私、松田浩二は、普通のサラリーマンだった。だが、一度の大失敗で全てを失い、遺品整理の仕事に就いた。遺されたものたちの中には、亡くなった人々の人生が詰まっていて、それが人々に感動を与え、自分自身も救われているのだ。

第一の依頼は、とある一軒家からだった。故人の名前は佐野優子、72歳で生涯独身だったという。


「佐野さんの部屋です」と案内されたのは、白い壁と床に包まれた部屋だった。まず目に飛び込んできたのは、中央に設置された巨大なピアノ。その黒光りした姿はまるで異次元から来たように、異彩を放っていた。

私は佐野さんの生涯をその部屋から読み取ろうとした。ピアノの周りには楽譜が散乱しており、彼女の生涯が音楽に捧げられたものだったことが伺えた。

部屋を整理していく中で、私は佐野さんがかつて有望なピアニストだったことを知る。しかし、一度もコンクールで優勝することはなく、自身の夢を叶えることはできなかったようだ。

「ああ、あの頃に戻れたら…」そんな佐野さんの残した手紙が引き出しの中に転がっていた。その文字からは、彼女が一度失った夢を追い続けていたことが見て取れた。



そして、部屋の一角で私が見つけたのは、未完成のソナタだった。曲の最後には「完成させたら、もう一度コンクールに挑戦しよう…」と書かれていた。しかし、それは遂げられなかった彼女の願いだった。

私はその未完成のソナタを手に取り、思わずその場で涙がこぼれた。自分自身も過去の失敗から逃げ続けていた。だが、佐野さんは最後まで夢を追い続けていた。その姿が私には美しく、そして勇敢に映った。

私はその日、遺品整理屋としての初仕事を終え、佐野さんの遺品を遺族に渡した。その中には、未完成のソナタも含まれていた。

「おばあちゃん、最後まであきらめなかったんだね…」遺族は涙を流しながらソナタを手に取った。

私はその場を後にし、自分の過去を見つめ直すことを決意した。そして、自分が選んだこの仕事を通して、亡くなった人々の愛、夢、挫折を垣間見ることで、自分自身の人生も再構築していくことを誓ったのだった。

 これが、私が遺品整理屋としての初仕事で得た、”遺した足跡”の物語の始まりだった。