歌う井戸 – 第伍話

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最後の誘惑

夜の櫻村。薄闇に包まれた中、井戸の前で陸は再びその歌声に引き寄せられていた。しかしこの歌声は、以前に聞いた優雅で穏やかなものとは違い、何かを訴えるような、切なく、激しいものだった。

「陸… 陸…」

繰り返し彼の名を呼ぶ歌声。その声の主は、かつての蘭ではなく、もっと過去、母やその前の代から続く、古の乙女たちの声のようだった。彼女たちは、この村を守るため、そして愛する者たちとの絆を確かめるために、自らの歌声を捧げてきたのだ。

陸は井戸のふちに座り込み、その歌声に耳を傾けていた。そして、ふと気づく。彼の体から、淡い光が放たれている。それは、陸が持っている特別な歌声の力、そして母や蘭、そして先代たちの魂が彼を守る力だった。

だが、その時、彼の背後から別の歌声が聞こえてきた。それは、井戸の魔物、暗闇の乙女の声だった。

「お前も、私と一緒にこの井戸の中へ…」

その誘惑の声に、陸はふと立ち上がり、井戸の中へと足を踏み入れようとする。しかし、彼の中に宿る母や蘭の魂が、彼を引き止めた。