新たな日常への一歩
事故の後、ユウキの日常は大きく変わってしまった。都会のアパートは、記者たちや好奇の目に晒され続ける場所となり、彼の居場所がなくなってしまった。彼のピアノの音は、メディアを通じて多くの人々に愛されていた。しかし、今はその音を失った彼の姿を求める人々の視線が、彼にとって重荷となっていた。
都会の喧騒、フラッシュの光、ささやかれる噂話。それらから逃れるように、ユウキは小さな町へと足を運んだ。この町は、都会のような速さや騒音がなく、時間がゆっくりと流れる場所だった。山に囲まれ、川のせせらぎが聞こえるこの場所は、彼が求めていた静寂と平穏を提供してくれるはずだった。
彼は町の入り口近くの小さなアパートを借りた。アパートは古びてはいたが、必要なものは全て揃っており、日常生活を過ごすのには十分だった。部屋の中心には、古い木製のテーブルと椅子が置かれていた。窓からは、四季折々の風景が見え、とりわけ朝日が部屋を暖かく照らしてくれた。
ユウキは毎朝、アパートの近くの小川のほとりを散歩していた。小川の水は清らかで、水面に映る景色は彼の心を少しでも癒してくれるようであった。町の人々は初め、彼を見かけると興味津々に眺めていたが、徐々にユウキの存在に慣れてきて、挨拶を交わすようになった。
アパートの大家は中年の女性で、彼女はユウキに町のことや、良い食材を買える場所、おすすめの散歩コースなどを教えてくれた。彼女はユウキの過去や背景を知らないようで、彼はそのことに感謝していた。彼女の優しさや、町の人々の温かさに触れることで、ユウキは徐々に心の傷を癒していくことができた。
日々は静かに過ぎていった。ユウキはピアノのことを思い出すことがあったが、その度に心の中で小さな傷跡が疼いた。しかし、新しい町での日常は彼にとって、過去の栄光や記憶から逃れる場所となっていた。彼はここで、新しい人生を築いていく決意を固めていた。
