和菓子の灯がともるとき – 12月26日 後編

「本当に、お父さん、戻ってこれるのかな…」とぽつりと漏らすと、母は「先生曰く、完全復帰にはまだ時間がかかるって。それでも本人は店を再開したがっているわ」と複雑そうな表情を見せる。由香は道具にそっと手を触れながら、「もう少し早く帰ってくればよかった」と自分を責めるようにつぶやいた。母は「そんなこと、今さら言ったって仕方ないわ」とあえてきっぱり言う。気持ちを切り替えるように店内をさっと見回してから、「もう寒いし、戻りましょう」と由香を促した。

母に続いて店を出ると、シャッターをまた下ろす音が重苦しく響いた。仕方のないことだと頭ではわかっていても、胸がざわつく。「明日、お父さんに会いに病院へ行くから。それまでに気になるものとか、持って行きたいものがあったら教えて」と由香が言うと、母は「ありがとう。あなたが来てくれただけで、きっとお父さん喜ぶわ」と答えた。その言葉は素直に嬉しかったが、一方で「本当にそれでいいのだろうか。もっと自分にできることはないのか」という思いが消えない。

夜、久しぶりに見る自分の部屋は、大学進学時に上京するまでのあらゆる思い出が詰まった空間だった。壁に掛かっている古いポスターや、棚の上に並ぶ雑貨の数々がほとんどそのままだ。布団に入る前にふと窓辺に近づき、外の夜空を眺めると、どこか安心感のある暗さが広がっている。都会のようなビルの明かりも無く、星がはっきり見えることがむしろ心細くもあり、温かくもあった。都会へ飛び出す前夜、父に「やりたいことがあるなら精いっぱいやれ」と言われたときの胸の高鳴りを思い出し、あの頃の素直な自分を取り戻したような気分になる。

「お父さん、今どうしてるかな。検査、うまくいっているといいけど…」とつぶやきながら、由香は部屋の灯りを消した。しんとした実家の夜に包まれながら、彼女は自然とまぶたが重くなるのを感じる。明日になれば、病院で父と対面できるだろう。その時、どんな顔をすればいいのか、どんな言葉をかければいいのか。頭の中にはいくつもの思いが渦巻くが、とにもかくにも実際に会わなければ始まらない。久しぶりの布団に身を預け、由香は長い一日の終わりを迎える。心の奥で、小さな温もりがじんわりと広がっていた。

12月26日 前編|後編

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