和菓子の灯がともるとき – 01月02日 後編

夕方になって、由香は一人きりで店のシャッターを開け、まだ埃が少し残る店内へと足を踏み入れた。この数日で大掃除こそ行ったが、本格的に作業を再開するには道具の調整や仕込みの手順もある。店のカウンターに腰を下ろすと、ふと目の前の棚に父のレシピノートがあることに気づく。手に取り、ぱらぱらとページをめくっていると、力強い父の筆跡で書かれた言葉が目に留まった。

「夏目堂の菓子は、人を笑顔にするためにある」

父がしばしば口にしていたフレーズだが、文字として見るとより強いメッセージを感じる。子どもの頃、父の横で手伝いをしていたときにも、父はよく「お客さんが笑顔にならない菓子なんて作っちゃだめだ」と言っていた。いつしか由香もそれが当たり前だと思っていたはずなのに、都会へ出てからはすっかり忘れていた気がする。まるで父が「お前はどうしたいんだ?」と問いかけてくるようで、由香は身じろぎもせずノートを見つめ続けた。

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