和菓子の灯がともるとき – 01月03日 後編

「もちろん。またすぐに戻ってくるから、そのときは夏目堂のお菓子、ちゃんと役に立ててよね」と由香が冗談混じりに言うと、亮は嬉しそうに「任せとけ」と頷く。ここ数日、ぎくしゃくしたこともあった二人だが、今はお互いに協力し合える未来を思い描けるほど、関係を前向きに変えることができている。

夕方になり、由香は帰り支度を整え始める。東京行きの新幹線の時間が近づいているのだ。父と母も、名残惜しそうに手伝いながら「気をつけてな」と声をかける。家の玄関先で「ほんとはもっといてほしいけどね……」と寂しげに言う母に、由香は「また帰ってくるよ。思ったより早く戻るかも」と笑って返す。父は「店で待ってる」と短く言うが、その表情は希望にあふれていた。

駅へ向かう道すがら、由香はふと、店のシャッターが上がり、父がにこにことお客さんを迎えている光景を想像した。母はカウンターで会計や接客を手伝い、由香や亮が週末やイベントのたびに手伝う。小さくとも確実な温もりを感じさせるそのイメージに、胸がじんと熱くなる。よく知る商店街の風景が車窓から遠ざかり始めても、そのイメージだけは揺るがないような気がした。

新幹線に乗って指定席に落ち着くと、由香は鞄の中から父のレシピノートのコピーを取り出し、表紙をそっと撫でる。そこには、父がいつも口にしていたあの言葉が書かれている――「夏目堂の菓子は、人を笑顔にするためにある」。この言葉を読むたびに、由香は「私も、人を笑顔にする仕事がしたい」と強く思う。和菓子作りだけに限らず、地元の人々や都会の仲間たちをつなぎ、誰かの心を温かくできることをしたい――そんな思いが、今や彼女の胸の奥深くに根を張っていた。

タイトルとURLをコピーしました