ピアノの秘密
コンサートが終わったルナリアホールの舞台裏は、通常ならば喧騒に満ちている。しかし、今夜は異常な静けさが支配していた。アルトゥーロの突然の去り際が、スタッフたちの心に重い影を落としていた。
「彼はどこへ行ったんだろう…」と呟く照明担当の男。その横で、舞台装置を片付けるスタッフも顔をしかめていた。「こんなことは初めてだ…」
舞台中央のグランドピアノは、まるで主を失った孤児のように寂しげに佇んでいた。ステージマネージャーのエレナは、アルトゥーロの私物をまとめるため、そのピアノに近づく。彼の席には、彼の愛用する白手袋やショールが放置されていた。そして、彼のピアノを開けると、何かがおかしいことに気づく。
「これは…？」エレナが驚きの声を上げた。ピアノの鍵盤の一つ、まさにアルトゥーロが最後に弾こうとして躊躇したCの鍵が、他の鍵とは異なり、錆びていた。そして、その鍵の下には、見慣れない楽譜が隠されていた。
エレナはその楽譜を手に取り、照明の下で詳しく見る。楽譜は古びており、黄ばんだ紙には複雑な音符と、奇妙な記号が描かれていた。まるで、通常の楽譜とは異なる何かのメッセージを伝えようとするかのよう。
彼女は近くにいた音楽監督のミカエルに楽譜を見せた。「これ、何かわかる？」ミカエルは眉をひそめながら楽譜を見つめる。「これは…非常に珍しい。アルトゥーロがなぜこんな楽譜を持っていたのか、理解できない。」
楽譜の中央部には、その錆びたCの鍵を示す音符が描かれ、その周りには太陽、月、星などの神秘的な記号が散りばめられていた。ミカエルは思わず深く息を吸い込む。「この楽譜…伝説の中にしか存在しないはずのものだ。」
エレナは驚きの表情を浮かべる。「伝説の楽譜？それってどういうこと？」ミカエルはしばらくの沈黙の後、「これはただの楽譜ではない。これは、時を超える力を持つ鍵と結びついた、秘密のメロディを示しているのだろう。」
舞台裏は再び、不可解な雰囲気に包まれた。アルトゥーロの去り際と、この奇妙な楽譜。これからの探求が、エレナとミカエルの運命を大きく変えることとなるのだった。
