異世界農業革命 – プロローグ

 一樹は足元の草をかき分け、小川の水面に映る自分の顔を覗き込む。そこには二十歳前後に見える若い顔が映っていた。紛れもなく自分の面影だが、疲労の色や皺といったものは影も形もない。

 やけに鮮明に聴こえる鳥のさえずりと、見上げるほどに広がる真っ青な空。それは確かに現実らしく見えるが、先ほどまでの世界との繋がりをまったく感じさせなかった。爆発事故に巻き込まれ、死を覚悟したはずの自分が、なぜ見知らぬ場所で無傷でいるのか。一樹は混乱と衝撃の中で、ただ立ち尽くすしかできなかった。

 やがて、遠くから何かの鳴き声が聞こえた。鳥や動物とは明らかに異なる、低く唸るような声。振り返ると、一樹の視界に飛び込んできたのは、一度も見たことのない怪物の姿だった。胴体は獣のように毛むくじゃらでありながら、頭部はまるで爬虫類のような鱗で覆われている。大きく開いた口から鋭い牙が覗き、見下ろすような赤い目がこちらをじっと睨んでいた。

 驚きと恐怖に息が止まりそうになる一樹。その怪物は低く唸りながら、四足で地面を引っ掻くように構える。牙の隙間から粘つく唾液が垂れ落ちるのを見た瞬間、一樹の本能が危険を告げた。しかし身体が思うように動かない。冷たい汗が背筋を伝い、思わず後ずさりしてしまう。

 そのときだ。横合いから大きな声が響いた。「そいつは毒爪を持ってるから危ないぞ! そこを動くな!」

 一樹が声の方向を振り向くと、見慣れない服装をした男が剣を構えて走ってくる。男の衣装は中世ヨーロッパ風の鎧のように見えたが、胸当てに不思議な紋章が刻まれているのが目に入った。まさか、これは何かの時代劇か、あるいは……。

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