異世界冒険者ギルドの日常 – 最終章:前編

 作戦時刻、午前三時四十五分。

 リリィが倉庫内の香炉へ空白領収書のコピー紙を投入、ティリアが放った火矢の小炎が紙端を焦がす。

 瞬間、真空コンテナが蜃気楼のように揺らぎ、数値上の在庫がマイナスを示す。

 ユウトの端末画面に転送ログが走った。

 〈Ω—hub—δ〉

 「行き先コード“δ”。氷河下流の旧鉱脈だ、移動!」

 吹雪の岩稜を越えると、暗渠の坑口からかすかな橙光が漏れていた。奥行きの深さを示すように、魔香の煙が風に押し出され、雪面へ黒い縞を描く。

 「トラッカー信号、坑道奥で停止」

 リリィがギアコンパスを指差す。ユウトは人数を示すドットを数える――六、いや七。

 ティリアが手信号を送り、闇へ溶け込む。

 坑道奥、石室の炉前では黒装束の集団が大箱いっぱいの空白領収書を焚いていた。中央で指揮するのは、胸に〈Ω〉と〈δ〉を重ねた紋章の女術師。

 「払う者なき支出、受け取る者なき収入。空白の数字こそ自由の証!」

 女術師が両手を広げると、紙灰が円環に舞い、蒸発した在庫数値が金色の霧となって炉心へ吸い込まれていく。

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