星降る夜の奇跡 – 第1話

サヤはバスの窓から映り変わる景色をじっと見つめていた。都心のコンクリートジャングルを抜け、高速道路を降りてさらに山道を進むごとに、視界が緑色に包まれていくのを感じる。深い森や木々の香り、川のせせらぎ、そして時折見える小さな田畑が、どこか懐かしいような安心感を与えてくれる。けれどその一方で、「本当にここでやっていけるのだろうか」という不安の種がサヤの胸にくすぶっていた。会社を辞めるまでに至った心身の疲労は、まだ完全には癒えていない。都会を離れて静かな場所で暮らしたいと思い立ったのは衝動に近かったが、疲れきった自分には、この山奥の村こそが唯一の逃げ場のようにも思えた。

バスを何度も乗り継ぎ、揺られ、ようやく目的の村へたどり着いたのは夕方に差しかかる頃だった。バス停の周囲は、いくつかの家屋がぽつりぽつりと散在しているだけで、人の気配はほとんどない。空気は澄んでいて、歩を進めるたびに胸の奥まで冷たい風が入り込む。サヤは大きめのバッグを肩に掛け直し、村の簡単な地図をスマートフォンで確認しながら、しばらく歩くことにした。すでに日が傾きかけているが、山並みを背景にしたこの村の佇まいは、どこか絵のような美しさを湛えている。「こんなところに、私はこれから住むんだ……」と思うと、心細さよりもわずかな期待がわいてきた。

サヤが借りることに決めた古民家は、村の中心部から少し離れた場所にあった。不動産会社というよりは、村役場からの紹介で見つけた物件で、築年数はかなり経っている。玄関先には小さな畑が広がっており、塀の向こうには裏山がそびえている。都会暮らしが長かったサヤにとって、思わず息をのむほどの広々とした風景だった。玄関の木戸を開けると、ほんの少し土の香りが漂ってくる。柱や床は黒光りしていて、長い年月を経てきたことを物語っていた。

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