佐伯の農家が一口すすり、目を細めた。
「ほう……ニンジンの甘さに柚子がそっとお辞儀してる」
笑いが起こり、紙カップはまたたく間に空になった。
夕刻。人が引けたホールで二人は向かい合った。
「……帰ってきてくれて、ありがとう」
「遅くなってすまない」
タケルの声は低く、けれど雪解け水のように温かだった。
リナはそっと封筒を取り出し、白雪ニンジンの種を見せる。
「春に畑を広げるわ。一緒に蒔こう」
タケルはレシピ帳の最終ページを開き、空白の行に万年筆で書いた。
《未来のスープ》――その隣にリナがペンを受け取り、《二〇××年 この町で》と添える。
インクが乾く前に二人は微笑み合い、ページをそっと閉じた。
外へ出ると、夕空は茜色と群青のグラデーション。遠くで鳴る鐘の音を背に、二人は同じ温度で深呼吸をした。甘い人参の残り香が、これから芽吹く季節の風に乗って町を包み込んでいく――。



















