運命のレシピ – 第9話

 翌朝五時。外は薄桃色の夜明け前。リナがスマホを確認すると、支援額はすでに目標の7割を超えていた。

 「早っ!」マミが歓声を上げる。支援者一覧には、見覚えのないHNのほか「佐伯ファーム」「水野中学校2年3組」など地元名が並ぶ。

 コメント欄には〈昔飲んだスープが忘れられません〉〈東京から応援します〉——スクロールするたび、画面から甘い香りが立ちのぼるようだった。

 昼過ぎ。東京・橘フード本社の役員フロア。会長室のドアが開き、タケルが足を踏み入れる。壁にかかった巨大な売上グラフが、重圧の象徴のように光っている。

 「父さん、クラウドファンディングは二十四時間で目標達成した」

 克己会長はウイスキーボトルを傾けたまま視線を上げない。

 「感傷で店は回らん。甘いだけのスープに投資など——」

 「甘いのはニンジンじゃない。応援してくれる人の気持ちだ」

 タケルは机に封筒を置いた。株式譲渡契約書。

 「これが欲しいなら、事業譲渡益でなく町の笑顔を数字に換算してみてくれ」

 静寂。やがて会長はグラスを置き、封筒を手に取った。指先がわずかに震える。

 「料理人の顔になったな、タケル」

 掠れた声でそう言い、窓の外の青空を見やった。会長の背中は、勝者のそれではなく、肩荷を降ろした旅人のように見えた。

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